気が狂っている
「あいつ、気が狂ってるよ」
と賢治が言うので、あいつって誰? と聞くと、雄也のことだという。
「ずっと小説書いてるんだ。やばいよ。集中力。寝ないでやってるらしい。まじ、狂ってる」
「そうなんだ」
「昔から将来の夢が小説家だったもんな。いよいよ、やる気になってるみたい。いいことだとは思うけどさあ」
「うん」
「体には気を遣って欲しいよね」
「うむ」
雄也の気が狂っている。それはどういうことなんだろう?
正常ではない? でも、正常って何?
そんなことを思っていると雄也が現れた。げっそりとしている。
「大丈夫?」
と聞くと、雄也は、
「大丈夫」
と答える。大丈夫かなあ?
賢治が言う。
「お前、まじほどほどにしとけよ。死んでからじゃ遅いんだからな」
「おうよ」
「で、どうなの、進捗は?」
「いい感じだよ。うまい具合に物語が走り出してる。俺の預かり知らぬ方向へ転がり出した。よい傾向だ」
「そうなんだ。ならよかったけどさあ」
そんな会話を聞いていて僕は思う。預かり知らぬ方向へ転がり出した? それってよいことなのか? 小説の世界はよくわからない。聞いてみることにした。
「なんでそれがよいことなの?」
すると二人はぽかんと僕を見つめた。空白の時間。その後、賢治が言う。
「未知の世界に飛び込めたってことだろ?」
「未知?」
「そうだよ、未知。感動的だろうなあ、そんな瞬間。俺も味わってみたいよ」
「へえ、そんなにいいものなんだ」
「そりゃそうだろう。未知との遭遇。それ以上に感動的なことってこの世にあるのか? なあ、雄也」
「おうよ」
なるほど、未知か。面白そうだ。未知。僕は再度聞いてみる。
「俺にも未知との遭遇、出来るかな?」
二人はまたぽかんと僕を見る。空白の時間。その後、雄也が口を開く。
「望むなら」
望むなら。そうか、望むなら。賢治が身を乗り出して言う。
「でも、まあ、なんにせよ、ほどほどにな! 体が壊れたら元も子もないんだから」
「だな」
「うん」
体を壊すほどの未知。そんなものがあるのか。僕は興味深く思った。そして言った。
「つまり、未知との遭遇が気を狂わせるってこと?」
二人は顔を見合わせて、それからぷっと吹き出して、同時に声に出す。
「だな!」
そして賢治。
「持ち帰ってきて欲しいよ、すごいもんを」
雄也。
「おうよ」
なんだか素敵だなと思った。気が狂う。未知との遭遇。なるほど。面白そうだ。僕は言う。
「僕も気が狂えること、探してみる!」
すると賢治。
「いいね! まあ、何度も言うけど、体は大事だからな!」
雄也も言う。
「応援してるよ」
僕は言う。
「ありがとう」
未知との遭遇。気が狂う。そんな世界もあるのだ。僕にもまだ、きっと。
健康的にいこう。そして持ち帰ろう。未知。
狂気。
(2024.10.23)
#なんのはなしですか