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ドーナツ 十個

佐藤静香が無断欠席しだして一週間後、本人はいないのにあの黒いドーナツは毎日机の上に乗っていた。
「ドーナツ配るために出社してんのかな。」
左手に持ったドーナツを齧りながら後輩は右手で机を拭いている。
「何言ってんすか先輩。これは佐藤さんじゃなくて経理の…いや今日のは人事課長だったかな?誰だか忘れましたけど、このドーナツ流行ってるんですよ。毎日誰かが作っては配ってくれるんで、もう食べ放題っす。」
甘いものが嫌いな高木には分からないが、他の同僚や上司まで食べているからよほど美味いんだろう。
「誰が作っても同じように美味いって不思議っすよね。」
後輩は高木の机も拭いている。
この一週間、毎日ドーナツがあることも不思議だが事務所内がどんどん綺麗に片付けられていくのにも驚いていた。いつも書類の山脈に埋もれていた後輩の机も整然としている。
「甘いもの効果かねぇ。」
机を拭いてくれたお礼に高木の机のドーナツを渡すと後輩は軽く頭を下げて受け取った。
「佐藤さんって言えば、あの腹掻っ捌かれ事件の地区の続報聞きました?」
『緑区高齢者殺害事件』だろ、と思いながら首を横に振る。
「目撃者とか探してたんすけど、緑区に誰もいないらしいんすよ。誰も見ていないって意味じゃなくて、緑区の住民が行方不明なんですって。」
高木の疑いの眼差しに後輩が慌てて言葉を続けた。
「いや、マジですって。どの家も何か食べてた形跡はあるのに神隠しみたいに誰もいなくて、発見された他の家にも腹掻っ捌かれた遺体が発見されたんですよ。俺もう怖くて食欲も無くなりましたよ。」
高木の目線がドーナツに向けられる。
「あ、いや。これは別腹っす。マジ美味いんで。」
どこまで本当なんだか。どうせ過剰に書かれたネットニュースばかり読んでいるんだろうと聞き流したが、緑区の住民がいなくなった事と佐藤静香が無断欠席している事は何か関係があるのだろうかと少しだけ気になった。


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#創作大賞2014
#ホラー小説部門

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