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誰かのための名探偵図鑑No.2「桜総一郎(桜神父)」

桜総一郎(桜神父)は、青木吾郎(原作)・小川幸辰(漫画)コンビによって生み出された名探偵。「桜神父の事件ノート」のシリーズ名でアフタヌーンコミックスから出ているコミックス全2巻にて活躍する。

・『栄光館殺人事件(桜神父の事件ノート①)』

・『孤島館殺人事件(桜神父の事件ノート②)』


名探偵の特徴

神父が登場するシリーズということもあり、作品にはキリスト教の知識がふんだんに盛り込まれている。それらの知識がなければ解けない謎はほとんどないが、そういうシチュエーションでは桜神父本人が解説の役目を負う。

事件を2つしか解決していないため推測も混じるが、事件現場の細かな点に気付くなどその観察力が際立っている。また幕間(読者への挑戦状)のテキストによれば作者も舌を巻くほどの明察力を持つという。事件が複雑な『孤島館殺人事件』も伝聞だけで解決に導くなど超人的な頭脳の持ち主であることは想像にかたくない。

首にかかった十字架に触れ「主よ……この背理を解く力をお与えください」というシーンが印象的である。

桜神父の事件ノートシリーズの作品

「密室」、「孤島」、「見立て殺人」、「読者への挑戦状」などといったお約束(ガジェット)をふんだんに盛り込んだゴリゴリの本格ミステリ漫画。残念ながら『栄光館殺人事件』、『孤島館殺人事件』の2作(250ないし330ページほどのコミックス1巻ずつ)しか存在しないが、その手堅く「ミステリしてくる」作者の姿勢ゆえ、本格ファンからとても好意的に受け止められている印象がある。

本シリーズの舞台は90年代後半。真菜美や律子といった一部の主要人物を除き、腹に暗いものを抱えた癖の強いキャラクターが多数登場する。
『栄光館殺人事件』では脇役から主要人物まで全国津々浦々の方言を混ぜて話すため作品舞台がどの辺りなのか判然としないが、おそらく舞台は長崎県(第2作『孤島館殺人事件』は佐賀県か福岡県)。

特徴的なのが小説体で書かれている読者への挑戦状だろう。それによれば本シリーズは、原作者・青木吾郎氏が探偵役である桜総一郎から事件の話を聞いて再現している体であることがわかる。

作画担当は『エンブリヲ』などで知られる小川幸辰氏であり、ヒロインの真菜美など作画がとても愛らしい。


また福井健太氏の『本格ミステリ漫画ゼミ』では本シリーズを「読者への挑戦状」を挿入した推理漫画の例として取り上げている。


各作品紹介

・『栄光館殺人事件(桜神父の事件ノート①)』
N県にある観光都市・N市の市街地のはずれにある通称・栄光館。常世田家の屋敷を人々は羨望と侮蔑のまなざしでそう呼んでいる。

常世田家では当主・常世田耕介の孫である律子の婚約式を間近に控えていた。律子と真菜美の父は数年前に失踪し、母はすでに他界している。高圧的で独りよがりな耕介は、孫娘の律子の意見を聞かず一方的に婚約の話を進めていた。黙って従う姉とは違い、妹の真菜美はそれに反発する。

12月28日、式の当日。めずらしく起床せずに自室に籠もっている耕介を不審に思い、親類が集まって彼の部屋の鍵をこじ開けた。なんとそこには頭部を砕かれ絶命している耕介氏の遺体があった。

式の司祭を務めるために東京からやってきた桜神父は、事件解決のために動き出すことに。

読者への挑戦状の挿入までにすべての手がかりが提示される紛うことなき本格ミステリである。人間関係がこじれているため犯人の目星がつけにくいが、トリックは割とオーソドックスな方である。ただコミックならではという手がかりもあるため、小説のつもりで読んでいると……。

『孤島館殺人事件(桜神父の事件ノート②)』
九州地方S県近海の孤島「菰羅島こもらじま」。そこには「双子の妖精」と称される美しき姉妹が住んでいる。ふたりは一卵性双生児であり、姉の名前は一ノ瀬沙織、妹は香織である。ある日菰羅島に7人の男女が招待された。その7人は香織が東京に住んでいた時分に知り合った知人だという。そのうちのひとりであるカメラマンの鹿農エリカは、助手として常世田真菜美を伴い島を訪れた。

しかしひとりを除き客人が全員揃ったにも関わらず、姉妹は一切その場に姿を見せない。痺れを切らした一行は、姉妹の部屋に入り不気味な置き手紙を見つける。その手紙には一ノ瀬香織の死亡と来訪者たちを地獄に突き落とすことを報せる旨の文章が記されていた。

天候の悪化により菰羅島は早々に孤立。電話も繋がらないなかで来訪者は次々と殺人者の毒牙にかかっていく。犯人は姿を見せぬ沙織なのか? 巻き込まれてしまった真菜美の運命は?

いわゆる『そして誰もいなくなった』に連なるクローズドサークルもの。ヨハネの黙示録に沿って行われる見立て殺人がとにかく不気味であり、終末思想に囚われた姉妹の母親の設定も味が出ている。

冷静に読んでいればミスリードにも気付けそうなものだが、絶海の孤島に見立て殺人、このシチュエーションで冷静に読める本格ファンも少ないのではあるまいか(笑)

作品を読むには

これらのコミックスはAmazon等で入手可能。しかしKindleでも発売しているため電子書籍購入が最もお手軽である。

主要登場人物

・桜総一郎
東京都台東区からやってきた若きカトリックの神父。年齢は不明。作中で美醜に関する記述はないものの、イラストだけ見るとくしゃくしゃの長髪の美男子である(探偵役で神父と聞くとどうしてもブラウン神父をイメージしてしまうが、少なくとも外見はまったく似ていない)。角度のせいか序盤のみ頬がこけて見えるが、これは怪しい人物と思って身構えていた真菜美の目にそう映っただけなのだろうか。ところどころで説教をするなどいかにも神父らしいキャラクター。第1作『栄光館殺人事件』には全編通して登場するが、『孤島館殺人事件』は事件後に登場するため見せ場が少ない。

・常世田真菜美(17)
三つ編みツインテールの少女で本シリーズの(見かけ上の)語り手を務める。元気いっぱいな周囲を明るくする性格で、伏魔殿のような舞台でひときわ可憐な外見に描かれている。こちらも見てくれに関する評価は記されていないものの、その美貌のためか近隣高校の男子からの評判がよく、初対面の雑誌編集者にも写真集を出さないかと口説かれる一幕が(こちらはどう考えても下心丸出しだが)。初対面時は桜神父のことを不気味に思っていたが、事件解決後に慰められてからは彼に対して好意を寄せているように見える。

・常世田律子(20)
真菜美の姉。妹とは違い冷静な性格で、祖父・耕介には従順である。故人である母親・耀子ようことは生き写しのように似ており、母親を描いた第1作『栄光館殺人事件』の表紙は彼女のイラストだと勘違いしがちである。ロングヘアが印象的だが、姉妹だけあって髪の結びをといた真菜美ともよく似ている。ただ表情とファッションは姉の方が大人びて見える。

・青木吾郎
読者への挑戦状の文章にのみ登場する本作の真の語り手。テキストのみのため外見も設定も不明。桜神父とは友人であり、本シリーズは彼の聞いた話が再現されたかたちを取っている(ただし作中はあくまで真菜美視点)。おそらく本シリーズは作者が書いていた小説をコミカライズしたものであり、他にも桜神父ものの原作は存在しているのではなかろうか。

最後に

これらの単行本が刊行されたのが97〜98年。出版当時のことはわからないが、なぜ2作しか書かれなかったのか。それが悔やまれる。かつて同じように漫画原作を担当していた推理作家の城平京氏が漫画でミステリを書くことの難しさを書いていたが、やはり人気を得づらいのだろうか。

しかしそれでもこれだけ意欲的に本格ミステリの世界を漫画にしてくれる本シリーズは、少なくないミステリファンの心を掴むのではあるまいか。もし興味を持った人がいたら本作を読んでみてほしい。

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