スタジオエンジニアが教えられる程度の役者向けアフレコ基礎(スタジオ編2)

4)マイクワークについて

ここでは、来るべき未来に、収録スタイルが分散から一斉収録に戻った際のお話をさせて頂ければと思います。

コロナ禍以前に行われていた、大人数の演者が一堂に会してマイクをとっかえひっかえしながら収録するアフレコスタイルは日本独自のモノだったそうです。
正直、伝統芸と言っても良いのではないかと個人的に思ってたりします。
余談ですが、他国のエンジニアさんが見学に来られた際に「オゥ!クレイジー!」と驚いてたので、たぶん一般的じゃないのだと思う。

大体こんな感じのスタジオの中に・・・・

こんな感じで人がマイク前を入れ代わり立ち代わりグルグルしながら録っていく感じです。

収録の大まかな流れとして、
比較的短いTV番組形式ですと、
前半(頭からAパートいっぱい)でテスト→(ラステス)→本番→直し・別録
後半(Bパートから最後まで)でテスト→(ラステス)→本番→直し・別録。
TV形式じゃない長い物語だと、
およそ20分前後の長さで話の区切りのいいところ毎(ロールと言ったりする)にテスト→(ラステス)→本番→直し・別録。
という感じで進行していきます。
それを踏まえて、マイクワークにおける決まり事ですが・・・。

1)テストと本番では、基本的に必ず同じマイクを使う。
2)主役や、良くしゃべる役の直前後のセリフの人はその人用に高さを合わせたマイクには入らない。
3)絶対に体がどんな体制だろうと顔から上はマイクの正面に入る。
4)テスト後に段取りの指示があり、「別録」を指示されたら本番では絶対にセリフを言わない。
5)不測の事態でテストと同じマイクに入れない場合、エンジニアにアイコンタクトや、手を挙げるなどして意思表示をしてイレギュラーで別のマイクに入ることを伝えるorそのセリフを喋らず別録りにしてもらう。

それぞれ解説していきましょう。
1)について。エンジニアはテスト時に誰がどのマイクを使い、どの位の声量でセリフを喋るかを覚えます(メモります)。そうでないと4本のマイクを捌くことが大変なので。故に、テスト後の打合せでマイク変更の指示が無い限り、本番と同じマイクに入る必要が有ります。なので、テスト時に自分がどのマイクに入ってたかは台本にメモるなり、覚えるなりしてください。
これは本当に演者とエンジニアの信頼関係の上で成り立つ共同作業な部分なので、是非おねがいします。
ちなみに、マイクの順番のふり方ですが、演者がマイクに正対した時の向きの左側から1.2.3.4の順が一般的です。
分かりにくい場合は、「左から2番目」や、「一番右」等に言い換えると良いでしょう。
2)ですが、これはたぶん演者同士の気遣い的な部分かと思いますが、前述した個別にマイクの高さを合わせた所は特定の人が入る為、ギリギリまでそのマイクを別の人が使うのは、あまりよろしくないって事です。
かと言ってマイクが空いてるのに入らないと言うのは、マイクワークがしづらくなるだけなので、臨機応変に使い分けましょう。
3)はマイクの特性について前述した通り、マイクの真正面が一番いい状態で音が録れるのは理解頂けたと思います。なので、他の人がマイク前に陣取ってしまってる状態で、ほんの一言だけセリフを言う場合でも絶対に顔はマイクの正面に入ってください。逆に、陣取ってしまってても誰かの一言の為に正面を譲ってください。お願いします。
4)は、本来は掛け合いで録りたいのですが、技術的な問題(前後のセリフが被ってしまって、個別にセリフが動かせない、特定のキャラに加工を施す予定など)で別々に録らないといけない時、テスト後の打ち合わせで「別録」を指示されることが有るかと思います。その場合は絶対に本番では喋らないでください。本当に切実にお願いします。
5)は、テストと違うマイクに入らざるを得ない状況と言うのが、時々起きます。その時に「無理なんで私こっちに入りますね~」と言う意思表示をしていただきたいんです。エンジニアは常に、映像と台本とブースの状況を見ながらマイクを捌くので、たぶんどこかで分かってくれます。なのでノイズが出ない範囲でボディーランゲージして貰えるのが理想です。

以前演者さんから質問されたことが有る話として、
「別録になった時もテストと同じマイクに入らないといけないのか?」と言うのが有りました。
私見ですが、マイクの高さが合わない等無理な体制にならざるを得ないのなら、楽な姿勢で入れる別マイクを使ってもらった方が良いと思います。
ただその場合「こちらのマイクに入ります」など一言貰えると助かります。
また、テスト後にひと通り打合せが終わって別録などの段取りが分かってから、「おや?別録になるなら、このマイクに入ったほうが良いのでは?」と言った演者目線の意見が有った場合は、エンジニアに意見交換を申し出てもらっていいと思います。全体を見ているエンジニアとして、その後のマイクワークが破綻しなければ、意見を突っぱねることはしないと思います。

ものすごい余談ですが、アフレコの際の服装はなるべく終わるまで同じでお願いします。私たちエンジニアはだいたい演者を後ろから見てる恰好で作業している為、演者の認識を髪型と服装でしてたりします。テストで興が乗って熱くなり上着を脱がれたりすると、「あの演者が居ない!!」とパニックになります。ですので、可能であれば上着だけは収録終わるまで同じで居てください。よろしくお願いいたします。

5)今更聞けないアフレコ現場用語

案外雰囲気で覚えてて実は意味違ってた。と言った事が無いわけではないので、もしも後輩に聞かれて良いようにしておきましょう。

<部屋の名称等>

アフレコスタジオ
主に、副調整室と収録ブースからなるスタジオ形態の一つ。役者的にはブース側を指すことが多いが、正式には全体を指す。

副調整室(副調/調整室/サブ室/コントロールルーム etc)
元々は、TV局の放送を送出する主調整室と、各スタジオの音や映像を調整する副調整室という区分けが由来らしい。
が、アフレコスタジオには主調整室が無いにも関わらずサブなどと言ったりするのは名残ゆえ。最近だと、調整室とかコントロールルームなどと言って、「副」の部分が無くなってたりする。

ブース
役者にとっての主戦場。ナレーションなど1人で入る個室のようなところから、アフレコなど30人規模で入れる大部屋までザックリと収録する部屋を指したりする。

<収録の用語>

アフレコ(アテレコ)
アフターレコーディングの略。映像が出来上がってるものに対してセリフを後から収録する方式の事。書いててなんですが、現在のアニメの制作状況的にアフレコと言っていいのかちょっと不安。

プレスコ
プレスコアリングの略。セリフや音楽等を先に収録し、後から映像を作る方式の事。ガイドの映像があっても参考でしかなく、ある程度演者のやり易い間合いや尺感で芝居が出来る。(映像が出来てから足らない部分などをアフレコすることもある)

本線

一斉収録の際に、本番という事である程度まとまって収録された録音物の事を指す。それ以外に指示があって別で収録する物を別・別線、テイクが多いと1線(本線)・2線・3線などと呼ぶ場合もある。

別(別線/別録り)
一斉収録の際に、台詞と台詞が被ってしまうと技術的に都合が悪い場合などの時に、本線には入らず、別に収録することを指す。
別線でもさらに被る場合など指示として「さら別(さらに別)」などと言ったりもする。
絶対に本線に混ざってはいけない。いいね?
(大体エンジニアはフェーダー上げてなくて再収録になったり、被って他のキャラのセリフ諸共再収録になるので)

抜き録り
別とは似て非なる物。一斉収録などの時、スケジュールの都合等で本線の収録に参加できなかった役者が、別の時間帯などに単独(場合によっては複数人もある)で自キャラのみを収録していく事。現在の分散収録はこの方式の集合ともいえる。

テスホン(類:ホンテス)
一応テストっぽいんだけど、使えるなら本番テイクとして使うよ。と言うエンジニアと演者に緊張感が漂う言葉。ぶっつけ本番に近い。
テスト→本番などの工程を踏む余裕が無い作品だったりすると、ままある。

みみ(耳?)
調整室から音のきっかけや、他のキャラのセリフなど演じるうえで有ったほうが良い音情報を聴くためのヘッドホンやイヤホンを含めた物を指す。
「みみ付けてください」は音情報をお返しするので、ブース内に用意されてるそれらの機器を装着してください。という事。

返し(かえし)
現在収録中のマイクを通した音を耳に返す事。または物。人間の耳だと気にならない・気にしない音でも、マイクを通すとそれらも目立って聞こえるし、実際にどういう音が収録されてるかが分かるので、ナレーターさんの場合は結構欲しいと言われる。

みみ漏れ
ヘッドホン等、「みみ」からの音量が大きく音が漏れてしまい、マイクが拾ってしまう事。ナレーションなどで音楽聞きながらや、吹替で原音聞きながらだったりすると、致命的な為、録り直しになる。

歪む(ひずむ)
収録機材の何処かで音が過大入力を起こし、バリバリとひずんだ音になってしまうこと。原因はさまざまあるので一概コレとは言い切れないが、マイクに近寄った状態で大声を張り上げた場合はマイクに入力された段階でひずむことがあるので、大声を張り上げる際は、一歩でも下がってマイクの中心を外さずにしゃべって頂けると大変助かります。

香盤表(こうばんひょう)
その日の収録や、その話の収録で、誰が何役に振られているかをわかるように書かれた表の事。役を兼ねてる場合は、名前の所が()で括られたりしている。また、収録に影響のありそうな役者さんのスケジュールの事が備考欄に書かれてたりする。

<現場で飛び交う用語や台本に書かれてる用語>


対象としてる物の時間的な長さのこと。
映画など、普段のアニメやドラマなどより長い作品の事を長尺と言ったりする。

こぼす(類:先行)
台本だと、カット内に収めるように書かれてたりするセリフを、あえて次のカットの方まで使って言ってもらう事。逆にスタートを前倒ししてもらう事を先行と言う。

オフ(off/オフ台詞)
画面に口パクが無い状態、背を向けてる場合や画面外にいるなどで口パクが見えないセリフの事。パクの制限が無いため普段より尺の自由度が高い。

モノローグ(M/Mono/モノ)
口から出たセリフではなく心の中で思ってる事を言語化したセリフ。口パクのない独り言に近い。

被り
特定のセリフとセリフが重なってしまう事。台本の指示で被る場合、カッコで括られてたり、Wのマークだったり、何かしらそれらしい記号が書かれてる。
アニメの場合、長いセリフだったりすると、セリフ欄に線が引かれて上下に分かれてたりする。
外画の場合、長いと、本筋と関係ない方が別のページに書かれてたりする。
ほぼ別録りの対象である。(例外有り)

ウィスパー(ウィスパーボイス)
囁き声。対象の耳元で小さい声でセリフを喋る場合や、対象に聞こえないように押し殺した声で喋る場合の話法。ASMRで大活躍。

本国
外画吹替の場合に使う用語。その映像作品を制作した国や、その会社などをザックリと指す言葉。

原音(類:SOF・ソフ)
外画吹替の場合に使う用語で、本国でMIXした完成された音源のこと。
Sound of Filmsの頭文字を取ってSOF(ソフ)と言う場合も有るが、演者とのやりとりだと原音という事が多い。

ME
外画吹替で使う用語。本国で制作されたセリフ以外の音を混ぜた音源。
主に、音楽と効果音。ときどきガヤや息アドリブが入ってたりする為、収録するしないに影響がある。MEに息アドリブが入っている場合、やらなくて良い事を示す為、台本に表記されることも有る。

オプショナル(optional)
これも外画吹替で使う用語。昨今データでのやり取りが増えた為、MEは音楽と効果音だけになり、ガヤや息アドリブ等、本国の判断で使用しても良い物の音源が別で来ることが有る。この音源を指す。
MEと同じく、オプショナルを使うのでやらなくて良い時などは台本に表記されてることが有る。が、セリフの声とあまりにかけ離れてたりするとやらざるを得ないので、チェックは必要。

<リテイク時等に使われる用語>

ペーパー(ペーパーノイズ)
必要なセリフの何処かに、紙台本のめくった際のノイズや、紙と机や肌を擦った際にでるノイズなど、紙にまつわるノイズをまとめた総称。

衣擦れ(布擦れ)
肌と衣服、インナーと上着等、サラサラ・シャカシャカといった布が原因のノイズの総称。

ヨレた(類:すべった)
セリフの一部分が不明瞭で台本が無いと何を言ってるか聞き取れないような状態。

ろれった
ヨレたの発展形。主に、らりるれろ系の音が不明瞭だった場合に使われる。

吹いた(類:ボフった)
マイクに息が当たって、ダイヤフラムを吹いてしまった音がセリフに被って入った場合に使われる。主に、「ふ」やパ行など息を多く使う音は注意が必要。乗ったノイズが「ボフッ」や「ボー」という低音のノイズ。

リップ
主に唇や口関係で乗ったノイズの総称。「ピチャ」や「プチッ」といった高音のノイズで、口腔内が乾いて粘り気が出てしまったなどが原因だったりするが、一概にそれだけとも言い切れない。
だいたい、水を飲む等で対処をする人が多いが、人によっては林檎食べるor100%リンゴジュースなどを飲むことで軽減する場合がある。(リンゴマジックと呼ばれてたりする)

走った
セリフを想定以上よりも早く喋りすぎて、不明瞭になったり、口パクの修正などでは難しいなど、短すぎたことを言う。焦って喋る時などに起こりがち。

パクった
外画吹替や、口パクが出来てるアニメなどで、台詞を編集して合わせると口パクに対してセリフが足らない。口は動いてるけど、台詞が無い状態の事を指す。「走った」の厳密に映像に合わせた際に発展形指示的なもの。
けして物を盗んだとかそういった事ではない。

こぼれた
「こぼす」の良くない状態。ボールドで指定された長さや、原音のセリフの長さを超えてしまう事。口パクが終わってもセリフが終わらない状態を指す。

出遅れケツ合わせ
余り最近は言われないが、口パクやボールドに対して遅れて喋り始めて、終わりが丁度合ってしまった事を指す。一見気持ちよく綺麗に収まったように見えるが、編集すると前にズレるので、もちろんパクってしまう。
遅れて出たら、後ろもその分こぼしていただきたい。

とりあえず、思いつく限り書いてみましたが、もしコレが分からない等の質問が有れば、別のnoteでまとめたいと思います

最後に

ここまで全三回に分けて書かせていただきました内容は、本来なら私ではなく、もっと他の場所で学び、体験し、体得して現場に来るはずだった事です。
しかし、たまたまデビューした時期にとんでもない事が起きてしまったが故に途切れてしまった事なんです。無知を恥じる必要は有りません。
貪欲にここまで読み進めてくれた方は、きっと現場でも貪欲に先輩の背中を追い、知識を深めていってくれると思います。
元の形式に戻ったら、「あーこういう事か・・・なーんだw」と思っていただければ幸いです。

そして、次はぜひ現場でお会いしましょう。
長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?