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てんてこ-まい【天手古舞(い)】
《里神楽などの太鼓の音に合わせて舞う意から》あわててさわぐこと。忙しくてあわただしく立ち働くこと。

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  ーついに突き止めた!

草木も静まる丑三つ時。
時生君は汗ばむ手で捕獲網を握り直します。

《ペンギン・カフェ》の隣の鎮守の杜
『転狐神社』の境内。
そこはカエデ通りの猫達の集会所。

今まさに、茂みに隠れる時生君の
目と鼻の先にお目当ての猫はいます。

『豆腐屋の三毛猫マメちゃん』

なかなかどうして『マメ』に反する
立派な体躯の持ち主に
少々腕力の不安がよぎりましたが
依頼を受けてすでに3日。
飼い主の豆腐屋のおばあちゃんのためにも
なんとか今日で肩をつけたいところ。

巨大な油揚げが売りの豆腐屋『豆屋』は
なぜか今空前の『油揚げトースト』ブームで
早朝から夕方までテンテコ舞い。
居なくなったマメを探す暇はなし。
そこでお鉢がまわったのは時生君。

時生君は探偵です。
カエデ通りにある塗装の3階に
トキオ探偵事務所を構えて3ヶ月。
就職難から離脱して無職は免れましたが
次に待っていたのは仕事難。

時生君には天性の探索能力がありました。
なんでも探し出すのは得意です。
でもそれだけ。
探究心も推理力もないので発展しない。
しかも色恋沙汰は経験無しなので
お金になるけど浮気調査は論外です。

よってこの3ヶ月の仕事は
久しぶりに帰郷した娘さんハイで
脱走したジョン探しや
自分で鳥籠を開けてお出かけする
ピーちゃん探しや
犬達と一緒に散歩に連れてってもらえなくて
拗ねた挙句家出する猫のポチ探しや
久しぶりに帰郷した息子さんハイで
再び脱走したジョン探し…

件数も少ないし、
毎回逃げられてるお得意さん?から
あんまり貰うのも悪いしで、
まあお金にはなりません。

でも今回のマメは家出前科のない
まっとうな猫なので情報も少なく
時間がかかってお金もかかりそう…。

そんなのヒドイ!
お得意さんはすぐ見つけて
お金も心配もかからないのに!
とにかく早期解決しなきゃ!
今日こそマメ確保だ!
と息巻く時生君は
やっぱりお金にはならなそうです。

その時
ふんわりと華やかな桜の香りが
時生君を包みました。

  ー!!!!!

口から心臓が飛び出るとはこの事。
猫達がなにやらナーニャー騒いでくれていて
助かりました。

いつの間にか彼の隣には
酒井屋酒屋の1人娘、小華ちゃんが
しゃがんで寄り添っています。

小華ちゃんは華も恥じらう高校生。
なんでこんな真夜中に外にいるんだ?
これが知れたら酒屋のドン、
桜さん御年88歳に確実に消される。

なにせ時生君は桜さんに目をつけられてます。

何故か?それは
推理好きの小華ちゃんが
彼の探偵事務所に入り浸るから。
『事件きませんねー』とか言って
追い返しても追い返しても
いつの間にか入り込んで
電話の前に座っているからです。
小華ちゃん命の桜さんは
時生君を目の敵にしていました。

小華ちゃんにさらに心臓に悪い
小悪魔的な笑顔をみせられて
動く訳にも喋る訳にもいかない
もうどうしようもない
時生君がパニックに陥っている時です

『へえ、今宵はとても賑やかだねぇ』

猫達のナーニャーに混じって
とても軽やかな男の子の声
でもとても威厳のある声が聞こえました。

それはとても不思議な少年でした。

淡く仄青い月明かりに包まれ
平安時代の童子のような服に狐のお面。

何よりその子は
夢か現か…
そう、
宙に浮いています。

あまりの幻想的な美しさに
震えているのは
自分なのか
腕を掴んできた小華なのか

時生君は本能的に
小華を自分の上着の中に隠しました。

狐のお面の少年はマメちゃんに
話しかけているところです。

『それでマメのお店はテンテコ舞いするほど
商売繁盛したかな?』

『ンナーゴ』

深々とお辞儀するマメちゃんの前には
人気の大判油揚げトースト。

『そっかぁ!良かった!
前からマメのお店の油揚げ気になってて
流行らせたかったんだよねー…て、なに?』

見るとマメはまだナゴナゴナゴナゴ…

『働き過ぎで困る?
あー、遊んでもらえないのかぁ。
それは困るよねぇ。
でもさぁ、私もこれが仕事なわけだし。
え?もっと油揚げくれるから?
そうかぁ、じゃあ…』

少年はぐるりと周りを見渡しました。
猫達はみな目を逸らしています。

次に目をつけられたのは
《ペンギン・カフェ》の看板猫フクちゃん。

『じゃあフクのお店は…』

『ンナナナナナ!』

『カフェがテンテコ舞いになったら
癒されない?そうかぁ。うーん困った』

  困ったのはこっちだ。

猫達はため息をつけたらつきたい気分です。

この転狐神社の天狐様は今まで
フツーに商売繁盛の神様の眷属様で
猫達の集会のお喋りを聞いては
面白そうな商品を流行らせたり
ちょっと元気のないお店を活気づけたり
それくらいのお世話焼きだったのに…

近所のハカセ山の麓の博士神社に
可愛い兎の眷属様がやってきたとたん
俄然やる気になって
商売繁盛どころか
天手古舞になるほど大繁盛させ始めました。

猫達の平和な生活はしっちゃかめっちゃか

マメに至ってはうるさくて寝られないので
ペンギン・カフェに避難しに来る始末。

神様というのは
どうも気まぐれで困る。

猫達が半分諦めかけた時です

『じゃあ次はお前にしよう』
天狐様の指さす先にいたのはなんと人間…!

青白くカタカタと震えながらも
誰かを後ろに隠しています。

『私の目に触れないようにしているのだね。
お前は賢い奴だ。神は気まぐれだからな』

ニヤリと笑った天狐様は
月夜に浮かび上がると不思議なリズムで
踊り始めました。

テンコテンコテンテンテン
テンコテンコテンテンテン
テテンコテテンコテテンコテン

ゆったりと始まった流れは
次第に目で追えないほど
クルクルと転がるように早くなり…

テンコテンコテンテンテン!
テンコテンコテンテンテン!
テテンコテテンコテテンコテン!

気づいた時には朝靄の境内に
時生君は
1人気を失ってうずくまっていました。

それからはなんとか起き上がりと
マメちゃんがお店に帰った事を確認して
小華ちゃんが高校に行くのを
見つからないよう見届けると
事務所に帰ってベッドに倒れ込みました。

その夕方
小華ちゃんが事務所のドアを開けて
目が合ったのに2人して押し黙っているのが
余計に昨夜の事が本当なのだと
物語っているようで
あわてて時生君が口を開こうとした時です

電話がジリリーン!となりました。

さあ、それからがもう大変!
何故か仕事依頼の電話が殺到して
時生探偵事務所はテンテコ舞い。

ドサクサに紛れていつの間にか
小華ちゃんが助手で居着いてしまい
仕事難は去ったものの
次は桜さんから命の危険に晒されている
時生君。

忙しい最中ふと《転天狐舞い》
と変換しては天狐様の舞いを思い出して
なんとも不思議な気分になります。

激しく速くも、なんと優雅な舞だったか。
どんなに忙しくとも自分もああ在りたい。

なんにつけ
探偵初心者、若輩者の自分には
テンテコ舞いこそ相応しい。

そう思って今日も街を駆け回る
時生君の1日が始まります。

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