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【ケーススタディーその2 介護ベッドの身体圧迫リスク エビデンス・エラー~提案編】ケア環境から考える

土庫澄子です 介護ベッドPL判決から身体圧迫リスクの予防について考えるケーススタディの完結編です

理学療法士さんとお医者さんは、電動介護ベッドの身体圧迫リスクについて裁判所に意見書を提出していました

■Step3.事故につながるシナリオ外の要因を探すー意見書のエビデンス・エラー 

意見書は専門的なレポートですが、判決は裁判所の認定や判断を左右する意見書はなかったと言っています せっかくの専門家の意見は、エビデンス・エラーによって裁判所が描く事故のシナリオの外におかれました なんとも残念なはなしです

エビデンス・エラーというのは、裁判所に証拠として技術的なデータを出したけれど、裁判所はそもそもデータのとり方にエラーがあると評価したという意味です このケーススタディのために造語してみたものです  もし使われるときは気をつけてくださいね たぶん通じません。。

でもただ残念で終わりたくないのがこのケーススタディです 専門家の貴重な意見がどうしてエビデンス・エラーを起こし、事故のシナリオの外に置かれてしまったのか?なのです

きっともうお気づきと思いますが、この話はケーススタディの工程でいえば、Step3.事故のシナリオ外の要因を探すのふたつ目のトピックです(←ひとつめは前の記事、技術史的背景の話です)

それでは意見書をみていきます

■どこにエビデンス・エラーがあるのか?

・医師の意見書Aについて

判決によると、医師が裁判所に提出した意見書Aは、従来型ベッドと比較して本件ベッドにリスクがあると言っています

本件ベッドでは、背上げ時に背ボトム部分にかかる圧力は従来型ベッドに比して小さい。この圧力の小ささは、上半身の体重を背ボトムによって支えきれていないことを示す。従来型ベッドでは背ボトムに上半身の体重がかかることにより、体重による圧力を分散することができるのに対し、本件ベッドではそれができないため、利用者は上半身の体重を自らの力により支えなければならない。
意見書Aの結論 高齢などにより筋力が衰えた者が本件ベッドを使用して背上げを行えば、背ボトムにより体重が支えきれない。自らの筋力によっても上半身を支えきれない。このため、背骨が前傾し、肺や心臓の重さが横隔膜にかかり、胸部や腹部に大きな圧迫感を生じる。

裁判所は、単に背上げによる胸部・腹部への圧迫があるというだけではたりないといいます 意見書Aの結論に対して、従来型ベッドに比べて「看過しがたい程度に」圧迫があることのエビデンスが必要だったと考えているわけです

エビデンスがそもそも不足していたかもしれません でももしかすると結論をどうプレゼンするかの問題だったのかもしれません 

・理学療法士の意見書Bについて

理学療法士が提出した意見書には、本件の介護ベッドと他社製の介護ベッドを比較して5名の被験者に対する実験を行い、背上げに伴う酸素飽和度や血圧、脈拍の数値や被験者の不快感の変化などを比較した意見書Bがありました 

5名のうち3名が不快感を訴えました 不快感を訴えた3名については、本件ベッド使用時のほうが他社ベッド使用時よりも背上げ時の数値が悪いというものでした
意見書Bの結論 〔1〕本件ベッドは、背ボトムと背湾曲ボトムの曲がる位置が人体の脊柱の湾曲に合っておらず、無理な姿勢で背上げが行われてしまう、〔2〕膝上げの位置が人体の膝下の位置にないため、膝上げを行うと利用者の下肢全体が上がってしまう

PL法では、欠陥の有無を判断する規準のひとつに標準逸脱基準があると考えられています ざっくりいうと、製品が製造・販売された当時、業界内ではどのような標準が基準となっていたかを検討し、その標準から逸脱した製品であれば欠陥を肯定する事情に数えるというものです

意見書Bの実験は、他社ベッドと比較して本件ベッドがより高いリスクをもっていると実証するもので、標準逸脱基準を使っているようにみえます

ところが、裁判所は意見書Bにはエビデンス・エラーがあると考えています

実験に使われた他社ベッドは平成14年製造です 本件ベッドは平成7年製造で、利用者が本件ベッドの使用をスタートしたのは平成12年6月14日です 意見書Bが本件ベッドと比較する他社ベッドは、本件ベッドの製造・販売時と同時期に製造・販売された同種のギャッチベッドとはいえないというわけです

意見書Bのエビデンスがあっても、本件ベッドが同種ベッドに比べて高いリスクをもつことは証明されないのです 理学療法士さんが意見書のリサーチプランを作る段階で、比較する他社ベッドの選択にエラーがあったというわけです

理学療法士さんはPL裁判で使われることがある標準逸脱基準とはどういう基準か?この基準をクリアするにはどうすればいいか?をよく理解していなかったといえそうです(←PL法の特殊な話なのでご存じないのは無理もないとおもいます)

■Step.4 事故のシナリオを修正する

・事故の要因にシナリオ外からライトをあてる

まずは、Step2.事故の要因を探すを振り返ってみます 

裁判所が描く事故のシナリオは3つの要因をつないだものでした 

①利用者(高齢の母親)が寝たきりとなった ②介護ベッドで背上げすると胸部・腹部が圧迫され、長時間の背上げが身体を圧迫することは明らか ③家族介護者(長女)は自分でやってみることでリスクを知り、調整できたはず

このシナリオに、医師や理学療法士の意見書のエビデンス・エラーというライトをあててみましょう

本件ベッドが従来のベットや他社ベッドに比べてより高いリスクをもっていたことは裁判所では証明されませんでした とすると本件ベッドには、少なくとも従来型ベットや他社ベッドにもみられるギャッチベッドに共通するリスクがある、となります

裏からいえば、本件ベッドに存在する特別なリスクは科学的に実証できる可能性があるけれども、この訴訟ではエビデンス・エラーのために認められなかった、となります

・シナリオのダブルミーニング 

本件ベッドには特別の、しかも看過しがたいリスクがあったとすると、裁判所が描く事故のシナリオには2本のシナリオがありそうです ひとつのシナリオはこうです

要因②で、裁判所は共通リスクを明らかなリスクと考えている そこから要因③へ、家族介護者は自分で試してみれば明らかなリスクに気づき、利用者の状態にあわせて調整してベッドを使うことができたはずというシナリオの流れになる

でもこのシナリオは無理そうです 要因②が共通リスクであるとします 要因③は介護者の長女さんが本件ベッドの明白な共通リスクに気づいたとしても、隠れた特別なリスクには気づけないだろうとなります 

とすると、要因③で自分で試して容易に気づくリスクは共通リスクで、隠れた特別のリスクに長女さんが自分で試して気づいたり、調整したりすることは難しくなります 「法は不可能を強いず」ですね

もうひとつのシナリオはこうです

要因③で、介護者が自分で身体をベッドに横たえてみればリスクがわかるといっていることから、裁判所は要因②で、介護者は共通リスクだけでなく、本件ベッドの特別なリスク(=背湾曲ボトムを装備することで生じる新しいリスク)も自分で試せばわかったはずと考えている

残念ながらふたつ目のシナリオも無理そうです 要因③で介護者の長女さんが自分で試せばわかるだろうというリスクがギャッチベッドに共通するリスクと本件ベッドの隠れたリスクの両方であれば、要因②で両方のリスクがそろって明らかなリスクだというのはどうも無理な感じがします

もし本件ベッドに存在する両方のリスクがはじめから明白なリスクであれば、医師や理学療法士の意見書にもそうした記述があってよさそうですが、判決をみるかぎりそうではないようです

・シナリオの修正

判決のアチコチに顔を出す小さな事柄を拾い集め、本件介護ベッドをレンタルして使い始めてからの状況を時系列でざっとまとめるとこんな感じです 

介護者長女さんは、レンタルに際してケアマネジャーに相談したほか、レンタル業者に「おなかを圧迫しないような母の体に合うベッドを探してほしい」と申し入れ、平成12年5月31日に本件ベッドのレンタル契約を結ぶ
翌6月1日付け居宅支援契約に基づいて本件ベッドの使用を前提とした介護サービス計画書を作成、6月14日から本件ベッドの使用がスタートしました ベッド上で背上げをした状態で鼻腔経管栄養をおこない、背上げは一日合計6時間くらいでした
背上げの角度は60~90度が医師の指示でしたが、お母さんが苦しむので長女さんは6月14日から少しずつ角度を下げて18度くらいにしていました このころまでお母さんと長女さんは意思疎通ができていました 平成12年7月22日以降は、下痢防止のために鼻腔経管栄養にかける時間を長くし、背上げは一日合計15~16時間となりました
平成12月12月26日、長女さんは「不安をぬぐえなかったため」旧ベッドを新品に交換しますが、旧ベッドは使わないままでした 呼吸状態の悪化や意識レベルの低下が認められて入院する平成13年11月16日まで本件ベッドを使用しました

気になることをあげてみます

1.長女さんは、レンタルにあたってお母さんの体形に合わせたベッドの選択を希望して、ケアマネさんに相談したり、レンタル業者に連絡したりしている様子がうかがえます でもケアマネさんやレンタル業者がどのようにユーザーの希望に応えたのか判決からはわかりません

2.背上げの角度はお医者さんの指示を受けて、お母さんの様子をみながら長女さんなりに工夫し調整している様子がうかがえます ところが、鼻腔経管栄養のやり方を変えたことで背上げの時間が3倍くらい長くなるのですが、長時間の背上げのリスクについて長女さんがだれかと話し合ったかとか、リスクについてどのように考えていたのかはうかがい知れません

3.本件ベッドを使い始めて半年ほどたったときに長女さんは旧ベッドを新品交換していますが、このときに長女さんが抱いていた「不安」とはなんだったのか?判決文にはなにも書かれていません

シナリオはこんな風に修正できるでしょうか?

長女さんは、介護保険制度のもとで背湾曲ボトムが装備された新しい介護ベッドをレンタルするにあたって、寝たきりのお母さんの体形に合ったベッドを選んでほしいと希望していた ケアマネジャーやレンタル業者などの関係者に相談し、連絡したけれども、長女さんは希望がベッドの選択にどのように反映しているか十分に知らないままレンタルがスタートした
長女さんはお母さんとコミュニケーションがとれているうちは、お母さんの様子をみながら背上げの角度を調整するなどの工夫をしていた
下痢を防止しながら栄養補給をおこなうために鼻腔経管栄養のやり方を変更したときには、長女さんはお母さんとコミュニケーションがとれる状態になかった 起きているあいだほぼ一日中背上げをおこなうことによる身体圧迫の苦しさについてお母さんの様子をみながら角度や時間を調節することは、おそらく長女さんにとってむずかしい状態が続いた  
長女さんは念のために(←詳しい理由はわからない)旧ベッドを新品交換したけれど、本件ベッドとの効果的な使い分けはできなかった

前の記事で書いた事故のシナリオ外的要因、技術史的要因を思い出していただけるでしょうか? 外科医ギャッチが考案した医療用ベッドから在宅介護ベッドへという技術史的な背景の話です

もともと医療用ベッドとして考案されたギャッチベッドは、そのうえで日常生活を行うことを想定しているわけでなく、起きているあいだほとんどの時間を背上げで過ごすことの身体への負担は、利用者の身体に深刻なダメージを与えかねないわけですね

でもこうした背景からリスクを理解することは専門知識をもたない一般の家族介護者にとってはむずかしく、リスクを自明のこととして工夫することを求めてもきっと無理なのです

とくに鼻腔経管栄養の時間を延ばすと、下痢防止にはプラスでも背上げによる身体圧迫リスクがアップするというリスク対リスクのトレードオフになるのでよく考えて、お母さんの状態をこまめにチェックして工夫しなければならないのだろうとおもいます

もし万が一、レンタルするベッドの選択のときからお母さんの身体に合っていないベッドであったとしたら、ダメージは一層深刻になるわけですね

シナリオ外的要因から事故のシナリオを見直してみると、この事故につながる要因があらたに浮かび上がってきます

①お母さんの身体条件に合ったベッドを選択するための家族介護者とケアマネジャーやレンタル業者との話し合いが十分でなかった可能性がある、②レンタル使用がスタートしたあとも、背上げ時間を延ばすときのメリットとデメリットを主治医の先生やケアマネジャーなどと話し合ったり、十分な情報共有ができていなかった可能性がある 

裁判所が描く事故のシナリオ、裁判所が指摘する事故の要因は、この事故が介護保険制度のもとでホームケアを行っていたという環境で起きたことがほとんど考慮されていないのです

お母さんのケア環境は、陸の孤島のように同居の長女さんと二人きりだったのではなく、主治医、看護師、理学療法士、ケアマネジャー、ヘルパー、レンタル福祉機器の担当者、レンタル業者など多くの関係者がつながるネットワークがあったのだろうとおもうのです(←このあたりで部分社会の輪郭がみえてきますね)

とすれば、寝たきりのお年寄りのホームケアで日常使う介護ベッドが身体圧迫を起こすリスクをケア環境のなかでできるだけ下げるには、どんな工夫ができるでしょうか? ここからは再発防止の話にはいっていきます(←念のため、どうしたら裁判で長女さん側が勝てただろうか?という話ではありません)

■Step5.再発防止策ーケア環境から考える

・ベッドを選択するとき

まず、レンタルするベッドを選択する場面はどうでしょう? 長女さんとケアマネジャーの間でたとえばこんな会話があればいいのかなとおもいます

ケ「今日はお母さんがレンタルするベッドの話で来ました。お母さんの身体に合ったベッドを選んでいきましょう。ギャッチベッドは電動で背上げや膝上げをしますので、合わないベッドでギャッチアップをすると胸やおなかを圧迫して大きな負担をかけてしまいます。」
長「母の身長は〇〇です 腰や膝の位置をベッドと合わせるのですか?」 
ケ「背上げや膝上げをしたときに、ベッドの曲がり方とお母さんの背中や膝の曲がり方がしっかり合うことが大切です。福祉用具の担当者に来てもらって、お母さんの身体に合ったベッドを探してもらいましょう。」
長「ベッドを置く部屋が手狭で、鼻腔経管栄養をベッドの背上げをしてやっていきたいので、よくみてもらえればとおもいます。よろしくお願いします。」
ケ「ほんとうは、ベッドから離れて車いすなどに移乗できるスペースがあるほうがよいですけど。すぐには難しそうですね。また相談していきましょう」

・ベッドの使い方を変えるとき

つぎに、ベッドを使い始めてひと月ほどたち、下痢防止のために栄養剤投与のスピードを遅くし、背上げ時間を延長することを長女さんと訪問看護師さんとが話し合う場面はどうでしょう? たとえばこんな感じでしょうか?(←このごろでは、とろみのついた栄養剤が登場しているようですから、当時を想像した話になります。。)

訪「こんにちは。お母さんの様子はどうですか。心配なことはありますか?」
長「下痢が続いています。どうすればよいでしょうか?」
訪「栄養剤が液体なので、投与のスピードが速いと下痢になることがよくあります。スピードをゆっくりにするとよいのですが、背上げ時間が長くなります。背上げ時間が長いと、その分、負担が大きくなって、身体圧迫のリスクが大きくなるかもしれません。」
長「一日のうちどれくらい背上げの状態でいていいのかわかりません。母の身体に負担がかかっていることのチェックの仕方や、どのように気をつければよいのかもわかりません。」
訪「背上げ時間の延長は一度、主治医の先生に指示をいただく方がよいとおもいます。それからまた一緒に考えていきましょう。」
長「わかりました。先生に相談してみます。ケアマネジャーにも連絡します。」

もちろん、電動介護ベッドの機械側でエンドユーザー向けのカタログや説明書を作って、身体条件に合わない場合や、長時間のギャッチアップによるリスクを前もってエンドユーザーに知らせることは大切とおもいます 

エンドユーザー向けのリスク情報があれば、ケア環境のなかでそのリスク情報が共有され、日々の工夫や調整につなげることができるだろうとおもうのです

ずいぶん長くなりました ここまでお読みいただきありがとうございました☆







 





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