【ケーススタディ4】健康食品アマメシバによる肺疾患(中)
秋も深まってきました土庫澄子です アマメシバ連載の2回目はStep 2から、健康食品アマメシバ事件の判決が描く事故の要因分析です
■Step 2.事故の要因を探す
アマメシバ事件をざっとおさらいします 東南アジア原産の野菜あまめしばを加熱・殺菌して、粉末状に加工した健康食品アマメシバ(=本件あまめしば)の効用について医学博士が書いた健康雑誌の記事を読んで購入し、継続的に摂取した母親と、母親から勧められてその雑誌記事を読み、おなじように購入して継続摂取した娘さんに閉塞性細気管支炎(BO)という重篤な肺疾患が生じた事件です
この健康雑誌はあまめしばを特集していて、母親は新聞記事の広告をみて雑誌を購入し、その記事を読んでいます また、この雑記にはあめめしばのプレゼントについて7か所に記載があり、「取り寄せ案内」には問い合わせ先として本件あまめしばを販売した会社の電話番号が記載されていました
事故のシナリオについて一審と二審は、母娘の体質とBO罹患との関係をどう考えるかで違いがあります 一審は母娘のBOについて本件あまめしばが原因であるとしました 二審はBOが本件あまめしばに関連するとしながらも、二人はBOにかかりやすい体質をもっていたとして素因による減額をしています
裁判は時間がかかるもので、裁判の結果を待って防止措置をとるのでは社会のなかで被害は拡大してしまいます アマメシバ事件の場合は、母親と娘がBOを発症したのは平成14年でした 役所は平成15年9月、平成15年改正食品衛生法の新規定(7条2項)を初適用して本件あまめしばの販売を禁止し、アマメシバ裁判をやっているうちに被害が日本国内に広がるのを防ぎました
このケースでは台湾にすでに被害報告があったので、役所が迅速に対応できた面がありますが、それだけでなく、平成15年改正食衛法が健康被害のおそれがある新食品等の販売を禁止できる規定を設けて、しっかりした予防措置がとれる制度をもったことが功を奏したとおもいます
日本の行政は以前から予防原則(precautionary principle)の導入を否定していると聞くことがあります どこかに書いてあるのかもしれません そうはいいましても、アマメシバに初適用されたこの規定をみていると、タテマエはともかく細かなところでは予防原則で説明できる制度を持ち始めているとわたしはおもっています いつか書きたいと思っていたことをここで書けました
ひと安心したところで、Step 2.事故の要因分析にもどります 判決が描く事故のシナリオから要因をとりだしてみる工程です
1 雑誌記事
まず、雑誌記事です 母親が本件あまめしばを摂取するきっかけとなったものは、健康雑誌に掲載された医学博士の記事でした この雑誌記事は健康増進法によると、食品の広告等の表示にあたり、規制の対象となると考えられます
当時の健康増進法32条の2(健康増進法は平成30年に望まない受動喫煙防止対策をルール化する規定を入れて改正され、令和2年に全面施行されました 現行の健康増進法では65条1項)に関する平成15年8月29日付け厚生労働省のガイドラインに基づくと、アマメシバ事件の雑誌記事は「広告その他の表示」にあたり、平成16年3月25日の改正ガイドラインによると書籍などに学術的解説を掲載する場合であっても、その解説の付近から特定食品の販売ページに容易にアクセスできたり、販売業者の連絡先が掲載されている場合には実質的に営利的言論としての広告等にあたり、この記事は当時の健康増進法32条の2の規制対象にあたると解しうるのです
PL法でも製造物の表示が問題となることがあります その典型は製品のメーカーが作成して製品に同梱する取扱説明書(トリセツ)やマニュアルです 製品が引き渡されるときに製品と一体的に渡され、製品とあわせてひとつの製造物とみてよいものを考えています ですから、残念なことに、製品のメーカーが作成したものでない雑誌記事をPL法で扱うのはなかなかむずかしいのです
医学博士が書いた記事は、母親が読み、母親のすすめで娘が読み、二人が商品を購入する誘因となっています 記事には本件あまめしばが健康に関するさまざまなメリットと書かれ、リスクについてはなにも記載していないということです 二人とも専門家の記事を信頼しているわけですね
お母さんも娘さんも、どのあたりから初期症状が出ていたのか、判決からはわかりません BOの初期症状がではじめたときにもしや?と気づけるかどうかは重症化しないために大切ですが、そのきっかけとなる情報は記事になかったと想像されます
2 めずらしい外国野菜
つぎに、野菜あまめしばの食経験です あまめしばは日本の伝統野菜ではなく外国野菜です 外国野菜としてもあまり馴染みはないようにおもいます わたしの経験ではスーパーで売られているのを見たことはありません
判決によると野菜あまめしばは日本では平成8年に沖縄で栽培されるようになり、大部分は県外向けに出荷されてきたとありますから、外国野菜としても市場に登場したのは最近になってからのようです
日本では野菜としての食経験が浅いあまめしばは、このケースの母娘さんにとってもめずらしい外国野菜だったのではないかとおもいます 母娘さんはこのめずらしい野菜を外国の原産地の人々が野菜として家庭で食べる際に昔からの言い伝えなどで気をつけていることなど、野菜としての食経験をもつ人々の一般的な知識をもっていなかったかもしれません
母娘さんが野菜あまめしばとその加工品についてもっている知識は件の雑誌記事から来ているとしましょう だとすると、末期ガン患者の体験談や、自然に痩せてダイエットに成功したという体験談、慢性的高血圧の患者が野菜あめめしばを一週間摂取して高血圧が改善したといったエピソードに医学博士が野菜あまめしば・加工あまめしばの効用を強調して解説を加える記事の内容がそのまま二人の知識になっていたと想像されます 判決によれば、この記事には、医学博士がボードビリアン・俳優の坊屋三郎の体験談に寄せたコメントがあったそうです
一消費者として書きながら思うのは、 こうした記事の内容を鵜のみにすると、本件あまめしばの摂取をスタートしてから少々体調がすぐれなかったり、わずかな異変を感じたとしても、本件あまめしばとの関連を疑うどころか反対に、疑うことを知らないまま体調をよくしようとしてより一層摂取を続けて重症化する悪循環におちいる可能性があるのではないかということです
控訴審の判決は、母娘さんがBOにかかりやすい体質をもっているとして素因による減額をしています 控訴審は、母娘さんが自分たちの特別な体質に注意を払っていれば重症化を防げただろうというシナリオを描いているようですが、果たしてどうでしょうか? 消費者のリスク認知をどう考えるかという問題になります
■Step 3 事故につながる他の要因を探す
1 食品衛生法7条2項ー消費者への高めの期待
本件あまめしばには食品衛生法7条2項が初適用されて比較的早期に販売禁止となっています 7条2項は、食経験がある食品を、これまでに食経験のない水準や方法で摂取させる食品に適用されるものです 本件あまめしばは、「一般に食品として飲食に供されている物であつて当該物の通常の方法と著しく異なる方法により飲食に供されているもの」(食品衛生法7条2項)にあたるとされたわけです
野菜あまめしばは、マレーシア、ボルネオなどの原産地では一般の食品として食べる経験があるけれども、加熱・殺菌してパウダー状にした摂取方法は新規だったと考えていることになります
7条2項は、一般には食品としての食経験があるものであっても、これまで食経験がないほど抽出・濃縮したり、錠剤・カプセル状にして消化吸収させるなど、海外や日本でこれまで食経験がないような方法で摂取させる場合には、健康リスクが発生するおそれがありますよといっているわけです このような食品であっても外国原産野菜あまめしばの使用や摂取方法についてとくに事前の規制はありませんから、流通食品となって一般の飲食に供されてから、事後的に規制がかかる仕組みになっています
このような事後規制の仕組みの底流には、そもそも一般に流通して飲食されている食品は、長い人間の経験の積み重ねで安全性を確かめられてきていて一応安全なものだ、けれど、安全性の点から流通にふさわしくない食品が流通することがあるのでそのときには対策をとろうという考え方があるとおもいます とくに錠剤やカプセル状になった食品で問題が起きた場合には、7条2項の販売禁止で対応しようというわけです
裏を返せば、流通する錠剤やカプセル状になった健康食品(サプリメント)は、トクホや機能性表示食品(←この二つは実際上かなり違いがありますが、消費者がちがいにどれくらい気づいているかは別問題のようです)など一定の事前制度をもつものはありますが、これらを含めていったん流通に置かれたあとは販売禁止などの措置がとられるまでは、一般の人々は自分の知識や五感で食品による健康被害のリスクを避けてほしい、というはなしになるのです
錠剤やカプセル状のサプリメントでとくに事前の規制がない「いわゆる健康食品」は、いってみれば野放しの健康食品ですから、販売禁止などの事後的措置がとられるまで消費者はよく気をつけて使ってほしいというのが食品衛生法の考え方だというわけです 事業者サイドはともかく、これが消費者の一般常識となっているかといえば、どうでしょうか?
2 PL判決に戻ってみる
今回とりあげているPL訴訟では、本件あまめしばは欠陥があるとされました 流通においた当初から通常有すべき安全性を欠いていたと判断されたわけです
PL判決がいっている本件あまめしばのリスクは、食衛法7条2項を初適用したときの考え方とおなじわけではありません 不思議に思われるかもしれませんが、別々の制度ですから別々の考え方でよいわけです もっといえば、そもそも厚労省と裁判所でどちらかがどちらかに従うという関係ではないのです ひとまずここまでにして具体的な話はまたにします
結論を先取りますと、PL判決がいう本件あまめしばのリスクが、消費者の知識と五感によって避けられるリスクといえるかといえば、わたしの感覚ではどうもむずかしいような気がします 食品衛生法7条2項から読み取れる消費者への期待は、消費者の一般常識に照らすとかなりハードルが高いことは書いたとおりですが、裁判所が分析する本件あまめしばのリスクをみると、このリスクを自分で避けることを消費者に求めるのはさらに難しい、だからこそ欠陥を認めたようにおもえてくるのです
これが判決が直接には書かないシナリオ、つまり事故につながる他の要因のひとつとなっているようにおもいます
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