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【小説】連綿と続け No.26

2人が初めて結ばれた朝。

余韻に浸りながらも身支度を整えてから
由紀と健太郎が泊まっている「となみ荘」に向かった。
今日でこの2人が八王子に戻る。

行きは北陸新幹線で来たが、
帰りは富山空港から飛行機で羽田に戻ると言う。

この日は航も休みだったから、
侑芽と一緒に空港まで2人を送ることにした。

由紀)おはよう!あら、航くんも一緒?

侑芽)うん。今日、航さんもお休みだから空港まで送ってくださるって

健太郎)え〜。いいの?疲れてるのに悪いねぇ

航)いえ、せっかくなので空港までご一緒させてください

由紀)ありがとう〜。助かるわ!

旅館のロビーで珈琲を飲みながら雑談し、
それから航の車で空港に向かっている。

富山空港は富山市の神通川沿いにある空港で、
道が空いていれば1時間足らずで着く。
移動中、車窓から富山の景色を楽しんでいる侑芽の両親。

由紀)富山って良いところたくさんあるわね。今度来る時はアルペンルートなんていいかもね?

健太郎)そんだな。次は大町からアルペンルート通って来ようか

アルペンルートとは立山黒部アルペンルートの事で、
標高三千m級の峰々が連なる北アルプスを貫くルートである。
雪の大谷や黒四ダムでも知られている。

富山県側の立山駅と長野県側の扇沢駅間を
バスやケーブルかー、ロープウェイを乗り継ぎ、
いくつもの景勝地を通り立山黒部の大自然を満喫することができる。
世界有数の山岳観光ルートだ。

航)僕も地元民ながに、そんなに行ったことないので、ぜひご一緒させてください

健太郎)それいいね!一緒に行こう!意外とさ〜地元だと行かないんだよね。八王子も高尾山が有名なんだけど、そんなに行ってないもんなぁ

侑芽)ちよっとぉ!高尾山と立山を一緒にしないでよ!

高尾山たかおさんは、東京・八王子にある標高599mの山で、
都心から比較的訪れやすい山として近年登山客が急増している。
山中にある薬王院や猿園、夏に開かれるビアガーデンなど、
登山以外の目的で訪れる人も大勢いる。

由紀)あら高尾山だってすごいのよ?ミシュランガイドの三つ星なんだから!

母・由紀は何かに付けてこれを言い、
他地域の人にマウントをとる癖がある。

侑芽)ちょっとお母さんまで!恥ずかしいからやめて〜

航)俺は行ってみたいが

空港に着いた。
まだ出発まで時間があると
空港内で早めの昼食をとる。
どこに入ろうかと飲食店街を歩いていると
健太郎が富山ブラックラーメンの店を指した。

健太郎)俺、アレが気になるんだよな

航)あぁ!あの店、結構ウマいですちゃ!好きずきかもしれませんが…

由紀)じゃあ食べてみよう!

侑芽)うん、そうしよ!

4人はそのラーメン店に入った。
富山ブラックラーメンは、
汁が真っ黒に見えるほど色の濃い醤油ベースのラーメンで、
具はざく切りのチャーシューと塩辛いメンマ。
真っ黒いスープには胡椒が効いている。

由紀)思ったよりも断然美味しい

健太郎)本当だ。なんかクセになるね!

侑芽)私も初めて食べた〜

航)俺は久しぶりやちゃ

由紀)ねぇ航くん。もし八王子に来たら八王子ラーメンも食べて!八王子はね、刻み玉ねぎを生のまま入れるの!

航)へぇ。食べてみたいです

健太郎)結構うまいよ!今度食べに来て!

航)はい、ぜひ

航は健太郎から「今度食べに来て」と言われたことが嬉しかった。
なんとなく健太郎からは嫌われているのではと内心思っていたからだ。

最後に空港の展望デッキに立った。
そこからは真っ白に雪化粧をした立山連峰を一望できた。

眼下には神通川が流れている。
そこで侑芽は両親と名残惜しそうに話をしている。

さっきまで元気いっぱいだったが、
やはり別れが寂しいのだ。

由紀)こら侑芽!なんて顔してんの!またすぐ会えるわよ〜

健太郎)そうだぞ。お父さん、侑芽の為ならいつでも飛んできてやるから

侑芽)うん…

航は3人から少し離れた所でその様子を見ている。
すると健太郎が航を呼んだ。

健太郎)航くん!娘を頼みますね!

航)は…はい!

由紀)航くんがいるなら、私達も安心して離れてくらせるわ。だからね、色々未熟な娘ですけど、これからもよろしくお願いします!

航)はい…こちらこそ…

航は2人からの言葉に驚きながらも、
自分はもう部外者ではないと実感し侑芽の隣に佇んだ。

そして2人を見送る。
飛行機が飛び立っていくのを見届けながら
侑芽は手を振り続けた。

侑芽)あ〜…帰っちゃった

空を見上げている侑芽。
風が強く、長い黒髪がなびいている。
航はそっと風上かざかみに立った。

航)八王子、いつか行ってもええ?

侑芽)はい。もちろんです!その時は案内しますね

航)うん。頼むちゃ

いつか2人で侑芽の故郷である八王子に行く約束をする。
すると航は照れ臭そうにこう続けた。

航)せっかくやし…このままデートせん?

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