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【小説】連綿と続け No.17

結局、春子は侑芽のアパートに泊まった。
侑芽は眠る前に春子に尋ねる。

侑芽)ねぇ、どうしてあんな冗談言ったの?

春子)冗談なんかじゃないよ?私、航さんのこと絶対落としてみせるから。一応確認だけど、侑芽は彼に恋愛感情ないんだよね?

侑芽)うん……。でも確か、航さん最近いい人できたって噂だよ?

春子)ふ〜ん。でもそんなの関係ない!最後に私を選んでくれたらそれでよし!そんじゃあもう眠いから寝るね〜!おやすみ〜

侑芽)うん…おやすみ…

侑芽はこの時
なんとも言えないモヤモヤが心の中に広がった。

春子が熟睡したその隣で
航からもらった木彫きぼりの招き猫を撫でた。

そして春子と航の並んだ姿を思い出し、
もし2人がそうなったら…と想像したが、
それを素直に喜べない自分が嫌になる。

侑芽)……

翌日、春子は金沢に戻っていったが、
街コンには参加するというからすぐに顔を合わせる事になる。

春子の気持ちがもしも本当なら応援したい。彼女は大事な友達だ。心の中のモヤモヤは自分しか知らないことだから、誰にも言わないでおこう。そう自らに言い聞かせた。

幸い忙し過ぎて悩んでいる暇などなかった。
街コンや祭りの準備が佳境に入り、街中を駆けずり回っている。

侑芽が初の大仕事に挑んでいるその頃、
皆藤家ではこんなやりとりがあった。

歌子)あの作戦さぁ、もしかすると大失敗かもね…?

正也)え?何の事け

歌子)やさかい、春ちゃんの作戦やちゃ

正也)おぉ、すっかり忘れとった

歌子)侑芽ちゃんからしたら、春ちゃんが航の事好きなら応援しなきゃ!ってなっちゃうと思うが。やさかいやっぱし、ほんまのこと言うた方がええと思うて…

正也)ほんまのことて?

歌子)そらあれは嘘やったて。ほんで一番は、航が侑芽ちゃんにちゃんと気持ち伝えんと。航自身が、自分の口できちんと伝えにゃいけんことやわ

正也)そうやなぁ…。あのダラにはちょっこし難しいかもしれんけどな?

歌子と正也はヒソヒソとそんな話をしながら
仕事をしている航を遠目でぼんやり眺めていた。

航は仕事中、周りの音など一切耳に入らぬほど集中してしまう。
しかし最近は、仕事がひと段落するたびにスマホを手に取り、
頻繁に何かをチェックしている。

今日も何度となくスマホを覗いては
肩を落とし、ため息を漏らしている。

あの日以来、侑芽は皆藤家に顔を出さなくなった。
LINEもこない。航はそれを気にしていた。

時々、窓から外を見渡し、
無意識に侑芽を探している。

祭りの準備で忙しいのだろう。そう思いながらも、
この夜、思い切って自分からLINEでメッセージを送る。

『忙しいんか?』

『はい、色々たてこんじゃってます。航さんは?』

『俺は相変わらずや』

『お元気そうでよかったです』

『あんま無理せんと、たまには息抜きしにこいちゃ』

『はい。ありがとうございます』

そんなやり取りをしただけで、少しほっとする。
この街のどこかで、侑芽も毎日頑張っているんだと思えた。

だが送られてきた文字を何度も読み返しているうちに
会いたい気持ちがつのってしまう。

航は意を決して
一度途切れたメッセージの続きを送った。

『今からそっち行ってもええか?顔見たらすぐ帰るさかい』

すぐ既読がついたものの
今度はなかなか返信がこない
5分ほど待つと

『私は大丈夫なので心配しないでください』

『やっぱり今から行く』

ほとんど条件反射で体が動く。
車を出し、ただ会いたい一心で夜の農道を走った。

大丈夫、と言う彼女の言葉が
航の心を前に進めた。

侑芽との間に何か誤解が生じていることも感じていたから、
それを解きたいという思いもあった。

そして、侑芽が住む城端じょうはなのアパートに着いた。
到着した事を知らせると、部屋着にカーディガンを羽織った侑芽がアパートの階段から降りてくる。航はその姿をミラー越しに見つける。

小柄な侑芽が一生懸命に駆けてくるその姿に
航の目尻が下がる。

侑芽)航さん!本当に来ると思わなくて…!すいません、こんな格好で…

ワンピース丈のロングTシャツに
ブカブカのカーディガンを羽織っている。

航)こっちこそすまん。ちょっこしドライブや

侑芽)え…今から!?じゃあ、やっぱり着替えてきます!

航)降りんさかい、着替えんでええよ

助手席に座らせると、そこから少し移動し、
桜が満開の小矢部川沿いの道で車を停めた。

航)こんな時間にすまん…

侑芽)いえ、まだ起きてたので大丈夫です!

航)その「大丈夫です」は、ほんまは大丈夫やないがやろ?

暗闇の車内で
2人の視線がぶつかる。

侑芽)そんなことは…

航)口癖やろ?この1ヶ月足らずで、もう何回も聞いたわ

侑芽)そう…かな。口癖なのかな…

航)うん。せめて、せめてな?俺の前ではそんなん言わんでええて。それ言いに来たが

航は豆だらけの手を侑芽に差し出した。侑芽は以前のようにその手に触れようとしたが、ギリギリのところで踏みとどまり、そっと手を引いた。

侑芽)私…これ以上、航さんに甘えるわけにはいきません。だからもう…

侑芽は窓の外に顔を背けた。
航はそんな侑芽の手を取り自分の手のひらに重ねた。

侑芽)……!?

航)甘えてええんや。お兄ちゃんでもお父さんでもなんでもええ。どんな役でもやるさかい、そんな寂しいこと、言わんでくれま

航が侑芽の手を強く握った。
侑芽はそんな航に動揺しながら
途切れ途切れに心のモヤを吐き出した。

侑芽)でも…航さんにいい人ができたって噂、聞きました。そういう人がいるなら…誤解されたら嫌だなって…。それに、春ちゃんの事もありますし…

それを聞いた航は一瞬宙を見上げ、
何かが腑に落ちたように頷いた。

航)俺のええ人て、侑芽のことやないけ?

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