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【小説】連綿と続け No.18

航)俺のええ人て、侑芽のことやないけ?

侑芽)え?…

航は侑芽の頭を撫でながら、
もう片方の手は彼女の手を握りしめている。

侑芽は胸が高鳴り
それでも無意識に彼を受け入れている。

無理やり蓋をしようとしていた気持ちが
航を前にして溢れ出しそうになった。

これは恋だ
この人を好きになってしまっている

明確に自分の本心に気づいた時、
航の顔がゆっくりと接近してくる。

彼も同じ気持ちなのだとようやく理解し
ゆっくりまぶたを閉じる侑芽。

するとその時、
カーディガンのポケットの中でスマホがブルブル振動し始める。
誰かが侑芽に電話をかけてきたのだ。

慌てて目を開けると
航は体を離し、冷静にこう言った。

航)でろちゃ

侑芽)すいません…

それは西川からの着信だった

侑芽)はい…

西川)あっ、一ノ瀬さん?遅うにかんにん!あのな、今日、砺波となみのチューリップフェアに行っとったが。ほんで一ノ瀬さんに土産があるさかい、ちょっこし寄らせてもろたんや。今、アパートの前におるんやけど、出られる?

侑芽)えっと…すいません。今ちょっと外に出ているので…

侑芽は航をチラチラと見ながら気まずそうに西川と話している。
航は電話をかけてきた主が西川だとわかり、心穏やかではない。

西川)え?こんな遅うに?あぁ!コンビニかなんか?僕、車やさかい、迎えに行こうか?

侑芽)いえ…えっと…あの…

侑芽が返答に困っていると、
航がため息をつき無言で車を出した。

そしてアパートまで戻って来ると、
チューリップの花束を抱えた西川が立っていた。

西川は航の車を見てひどく驚いている。
助手席から侑芽が降りていくと

西川)え!?なんで航と!?

西川が航と侑芽を交互に見る。

侑芽)いえ、あの…航さんとは…

侑芽がオロオロしていると航が車から降りてくる。

航)お前、こんなとこで何しとん

侑芽の隣に立ち、不機嫌そうに西川を睨みつける。
西川は一瞬ひるんだが
いつもは穏やかな性格の彼も
この時は航を睨み返した。

西川)それは…。これ渡しに来たが!チューリップフェア行ってきたさかい

そう言ってピンクや黄色、赤など
色とりどりのチューリップが入った花束を侑芽に渡す。

侑芽)ありがとうございます…。わざわざすいません…

航)用件はそんだけけ?俺はまだ侑芽と話があるがやけど

西川)1つ、聞いてもええか?

航)なんや?

西川)航と一ノ瀬さんは、もう…付き合うとるが?

航)まだやけど…

航は冷たくそう返して侑芽を見つめる。
侑芽は恥ずかしそうに目を泳がせている。
西川はそんな2人を見てショックを受けたような顔をした。

西川)そうやったんけ…。いつの間に…。けどまだ付き合うてるわけやないんやな?

航)は?何が言いたいんや

西川)ほんならまだ、俺にもチャンスあるよな?

航)やさかい何が言いたいんや?お前のそういうとこ、昔から大嫌いちゃ!

航と西川は幼馴染ではあるが、
昔からしょうが合わず、決して仲が良かったわけではない。
たまたま出くわしても
特に会話もせず、気づかぬふりをして避け合っていた。

そんな2人が
どうやら同じ女性を好きになってしまったらしい。

侑芽は気まず過ぎる状況に
ただただ立ち尽くしている。

すると西川がなんとか笑顔を作り
何事もなかったように

西川)一ノ瀬さん!驚かしてしもてかんにん!ほんならまた明日!

そう言って爽やかに去って行った。
航は敷地を出て行く西川の車を睨みつけてから、
侑芽に視線を落とした。

航)あいつ、しょっちゅうここにとるが?

侑芽)いえ…。以前、送ってくださった事があるのと、イチゴを届けて下さった時くらいです

航)ふ〜ん…

航は侑芽の頭に片手をポンと置き
そのまま優しく撫でた。

航)もう遅いさかい、今日はこれで

侑芽)はい。気をつけて帰ってくださいね?

航が無言で手のひらを差し出すと
侑芽は嬉しそうに指でなぞる。

いつの間にか習慣になった別れ際のこのやり取りに
航のささくれ立った心が穏やかになる。

侑芽)フフフ!なんだか落ち着いちゃう!

航)近いうち、また来るわ

侑芽)はい!待ってます

航)忙しいやろけど…LINEくらいはええか?

侑芽)はい!もちろんです!

航)けど、やっぱし顔見んと…

侑芽)じゃあ、また来てください!

航)うん…。そうする


航は抱きしめたい気持ちでいっぱいになったが、
侑芽が西川からもらった花束を抱えているからそれが叶わず
歯がゆい気持ちのまま車を出した。

バックミラーには、いつまでも手を振っている侑芽が映る。

航もまた、見えなくなる手前でハザードをチカチカ点滅させる。
これが今後、2人の中で別れ際の合図になっていった。

航は帰宅してからベッドで仰向けになり、
侑芽とキスしかけたことを思い出す。

自然と目を瞑った侑芽の顔が脳裏に焼きついて消えない。

西川からの電話がなかったらあのまま…
そう思うと、嬉しさと悔しさが交互に押し寄せた。

そんな時、侑芽からメッセージが届く。

『会いに来てくれて嬉しかったです』

不器用過ぎる2人の恋が
ようやく動き始めた。

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