アイスホッケーの凡戦と熱戦
アジアリーグアイスホッケーのシーズンは、年度によるが9月から翌年3月まで行われる。
筆者は1シーズンにトップリーグ以外(社会人、学生、全日本選手権)も含めれば現在50ゲーム以上を観戦している。
それぐらいの数を観戦していると、白熱した、ヒリヒリとした、記憶にも歴史にも残る好ゲームもある反面、あの寒いリンクで眠くなるようなシラけるダメゲームも実際あるのである。
今回は、そんなアイスホッケーの「凡戦」と「熱戦」を紹介しよう。
よそのチームの試合観戦は気楽で楽しい
筆者の推しチームは「H.C栃木日光アイスバックス」である。通常土日の2連戦で行われるが、ちょうどその節の対戦相手はHLアニャン。韓国遠征でアニャンまで行かないとバックスの試合は見れない。有料中継である「アジアリーグアイスホッケーTV」を見るしかないが、こういう時こそよそのチームの試合(カード)を観たくなるものである。
日付は2023年2月18日と19日。
ちょうど「横浜グリッツ対東北フリーブレイズ戦」が新横浜で行われる。
ならば見に行こう。この2チームは、残り8試合も残した段階で、プレーオフに行けないことがさっさと確定してしまい、目下最下位争い中である。
どっちが勝とうがバックスファンである筆者には関係ない。なんとも気楽にアイスホッケーのゲームを楽しめるのである。こういう機会は案外ない。
グリッツVSブレイズ=最下位争い
5位の横浜グリッツは前節の東伏見(西東京市)で東北フリーブレイズ(以下ブレイズ)に連勝し、対戦成績を5勝1敗としていた。とにかくブレイズだけには相性がいい。
一方のブレイズは、今シーズン絶不調。今期は優勝を狙うどころかまさかの最下位争い。最後の最後まで不調のままで終わる勢いである。
2月18日(土)、この日の先発GKはグリッツ小野、ブレイズは畑。
試合はグリッツの池田が開始4分で先制したものの、1ピリオド真ん中までにブレイズにあっさりと逆転される展開であった。
GK小野も畑も平凡な出来に見え、打ち合いで点が入る試合になる予感はあった。
特にグリッツというチームは、選手のイケイケドンドンに任せ、とにかくガツガツ行けというのが勝ちスタイルである。
それは攻めきれれば得点が期待できる一方、守備を半ば捨てているため失点の危険もある。
その証左に、グリッツは1ピリ序盤に連続得点する一方、格上の相手だといきなり失点する展開がよく見られる。
やっと試合が落ち着いたところで、今回はグリッツのガツガツ路線が結果を生む。
鈴木ロイと川村のゴールで、1ピリオドはグリッツの3-2。終わってみればグリッツのリードだったのだ。
数年ぶりに見た「凡戦」とは?
恐らくブレイズベンチはあっさり逆転を許したGK畑の出来に満足してなかったのであろう。
2ピリオド開始早々の4点目の失点で、ブレイズは畑を諦め、古川にGKをスイッチしてしまった。
しかし、この荒療治も功を奏せず、ブレイズはターンオーバーされまくりで失点を重ねる。逆にグリッツの勢いは止まらない。
グリッツは2ピリで3得点を挙げ、6-2とリードを大きく広げた。
アイスホッケーでは、3ピリオド内で追いつける(延長に持ち込める)点差は4点差と言われている。
3ピリオド開始3分47秒、通常ならばとどめと言える7点目を、シュープがパワープレイでしっかり決めた。
5点差つけば勝負あり。実はここからが「凡戦」の始まりであった。
試合を流せないグリッツ
グリッツとしては大勝の勢いであるので、もう得点を無理にする必要がない。要は単にレッドイーグルスのように「試合を流せ」ば良かったのだ。
しかし「勢いだけ」のグリッツは試合を支配することをまだ知らない。
「試合を流して勝つ」ということをまだ知らなかったのだ。
グリッツがペナからの失点で4点差になった3ピリ中盤から試合は荒れ模様になる。
相変わらずガツガツ行くグリッツは、プレイが荒くなりイライラしている。負けじとブレイズも、この試合2回目のトゥーメニイメン(メンバーオーバー)のぺナでチームの連携の無さを見せつける。
勝負はすでに決まっているのに時計が進まない「グダグダ」試合である。
残念ながらやっぱり最下位争いの試合なのだ。
そんなグダグダな一方のブレイズ側は、なんとここでキャプテン山本自らが、グリッツのエース杉本にファイトを仕掛けた!
GKはノックアウト、4点差の負け試合、ミスだらけの試合内容。
グリッツは試合を流さず、まだ当たってきてイライラは溜まる。明日のチームを鼓舞するためには、ファイトが必要だったのであろうか。
こういう無駄なファイトは勝ちチーム側は乗る必要はない。杉本は逃げれば良かったのだ。だが、若い杉本はやむなく応戦してしまう。
会場は今まで見たことがない、スポーツ選手同士の殴り合いに大盛り上がる!ライトファンはスティックを挙げて退場する杉本に拍手喝采であった。
一方、ごく一部のアイスホッケー玄人ファンはドン引きしていた。
「あーこんな勝ち(負け)試合でやっちまった…(みっともない)」と。
ファイティングのペナルティは重い。メジャーペナルティ5分プラスゲームミスコンダクトペナ=ゲームアウトで退場である。おまけに1試合出場停止で明日の試合は出られない。それを知っていたからだ。
ブレイズのキャプテンとグリッツのエースが一緒に上がる(退場)のは等価交換に見えたが、それについては翌日の試合の話である。
玄人ファン連中から見れば、まるで不必要なファイトでしかなかった。
役者はブレイズの方が上だった
やっと試合再開。なんと今度はグリッツGK小野が、ポコンと簡単に失点してしまう。
3点差で残り2分43秒。ここでブレイズベンチは士気を明日につなげるために、GKを引き上げて6人攻撃に出る。
この日のブレイズの試合展開では追いつくわけもない。普通ならばグリッツがエンプティネットで終わるであろう。
お互い得点も失点もなく、時計は進んで残り27秒。グリッツ蓑島が自陣の奥でパックを取った。
対角線上の反対側にいた筆者からもはっきり見えた。
「俺が決めてやる」
自信がありありと見えた。
スティックでパックを持ち上げ、無人のブレイズゴールに向かって放ったシュートは、どうしようもない凡フライでグリッツの客席に直接飛び込んだ。
ディレイオブザゲームのペナである。
バックスの選手がやらかしたら、罵声が乱れ飛ぶのほどの凡プレイであり、勝ち試合でいらないペナである。
その凡プレイから再開した3秒後、今度はシュープが客席に打ち込んでしまった。
時計は残り24秒でまたも止まった。
グリッツは最終盤に2人もペナ箱に放りこまれた。
筆者「なにやってんだよ!!」
氷上は6人対3人、ブレイズエンプティネットでのパワープレイ。
7秒でブレイズが得点した。
ライトファンは楽しめた一戦とだけは言える
試合は7-5で横浜グリッツの久しぶりのホーム新横浜戦勝利で終わった。
試合内容はグリッツの大勝のはずが、いらないペナだらけ、いらない乱闘、両チーム計12点というGK失点だらけ、試合時間は2時間20分(休憩を足すと3時間近く、近年では1.5倍の長さ)。これは延長とシュートアウトまでやって、そのくらいの試合時間だと言えばおわかりだろうか。
終わってみれば、グリッツは試合を流すことができず、ブレイズに追いすがられて2点差でやっとこ勝利。グリッツの「辛勝」であった。
ただ今日の試合はライトファンには楽しめた内容に間違いはない。
何せ得点シーンが多く、乱闘もあってエキサイトし、ホームのグリッツが勝ち、試合の長時間を忘れるほどに盛り上がったからだ。
たとえ玄人目にはダラダラグダグダの「凡戦」であっても、今は新横浜のお客が盛り上がってくれればものすごくありがたいのである。
霧降で片方がバックスならば、間違いなくヤジや罵声の嵐で、違う意味で盛り上がったことだろう。
こんな「凡戦」は、実に久しぶりであった。
翌日の日曜、アイスホッケーファンの大先輩からボソッと言われた。
「(アイスホッケーを)…見たことない人には良かった試合かもしれないけどね」
翌日は「大熱戦」の好ゲーム
2月19日(日)、昨日よりもお客が入り、新横浜は今シーズン初の観客1,000人超えとなった。
GKはグリッツ小野、ブレイズは古川と、昨日と引き続いた。
試合はグリッツが序盤から飛び出そうとガツガツ行こうとするが、どうもタイミングが合わない。
グリッツはオフサイドやアイス(アイシングザ・パック)を連発。
杉本が出場停止でいないせいなのか、それとも気持ちが先に行っているのか、うまくブレイズ陣内に入れない。
お互いのGKは、今日は「よく見えている」。小野も古川もしっかりとシュートを弾いている。
昨日とは打って変わって、非常に引き締まった「GK合戦」の様相だ。
得点は1ピリオド15分36秒、ブレイズパワープレイ明けの一瞬のチャンス。DFキムユンジェの強烈なミドルシュートでブレイズが先制したのみであった。
0-1のまま、互いのGKの素晴らしい好セーブ合戦で進む。
ただロースコア展開なら、有利なのはブレイズである。
2ピリはグリッツが押し込んで攻めたものの、今日の古川はとにかく固い。
苦しいのは終始グリッツのほうだった。
今日のグリッツの守備はGK小野頼みであった。
焦りが見えるのは常にグリッツだった。
やはり試合運びの一日の長はブレイズにある。
それでもGK小野も、そしてGK古川も今日はとにかく素晴らしい。
筆者はTwitterの試合経過の文字速報でこう書いた
「熱い」と。
文字通りの「熱い試合」の結末は?
3ピリ中盤、ブレイズのペナで、グリッツはようやくこぼれたパックをシュープが押し込んでついに同点に追いつく。
「これは残業かな?」
※延長=OT=オーバータイムの直訳は残業
玄人ファン連中は頭によぎった。
グリッツは逆転したいという勢いが余り、ペナを連発してしまう。
それでもどうにかGK小野が凌いだ最終盤、とどめにラウターがスラッシングのペナを思わずしてしまう。正直辛い判定には見えたが仕方ない。
グリッツが攻めていた場面で、本当にもったいないペナであった。
そしてブレイズパワープレイ中の試合時間残り29秒、それまで抑えていたGK小野がこの場面であっさりと失点した。だがこれはGKを責められない。
グリッツはすかさずタイムアウト。
センタースポットからの再開でも、最初からエンプティネット、グリッツはGKを上げての決死の6人攻撃だ。
会場は白熱した試合展開に大盛り上がり。
昨日の凡戦とはまるで違う、アイスホッケーでの「大熱戦」による盛り上がりだ。
残り2秒、無人のネットにブレイズがエンプティゴールを決めた。
歓声は落胆の声に変わったが、両チームの大熱戦に今期最高数の観客は、大きな拍手で両チームを称えてくれた。
これは次も来てくれる!!!
今日の試合を当初はついてくる気がなかった妻からは、
「今日の試合は見に来て良かった」と言われた。
もし、土日の連戦で見た少数のアイスホッケーライトファンがいたとしたら、その人はこの格差ある2試合を観れて、非常にラッキーだったと思う。
試合観戦は勝つときもあれば負けることもある。
恐らく凡戦と熱戦の両方が見れて、この先も「アイスホッケーにハマる」ことは間違いないであろう。
そう確信して筆者は新横浜を後にした。