中央道

第3話:『中央道カーチェイサー』05

「……っと」

 射竦められる、という表現がまさしく正しい。戦うために純化してきた生命体が、獲物に向ける無慈悲な視線。大型トラックやらスポーツカーが何台も集まっているこの駐車場でも一際存在感を放っている、蒼い猛禽類の姿がそこに在った。

 GSX1300R『隼』。

 車とバイクについては乗れればいいや、というレベルの知識しかないおれでも存在を知っている、特徴的なフォルムを持った自動二輪である。おれが先程双眸と見間違えたウィンカー、誰が見ても嘴を連想するであろうフロントカウル。爆発的な加速を期待させてくれるエンジン。一度火を入れれば、容易く時速百キロ以上の世界まで加速してのけるだろう。そして官能的なフレームを挟みこむ、細い脚。

 脚?ってそりゃそうだ。バイクがあるなら乗り手が居るわな。脚を辿って視線を上に移動させたおれは――二秒前にこれほど衝撃を受けたはずの隼のフォルムを、綺麗に脳裏から吹き飛ばされていた。

「……やっぱ実地で成果を出せないセンサーなんて何の意味も無いよなあ」

「あの、何か?」

 まあ落ち着けおれ。一つ深呼吸。はあ、すぅ。大丈夫。もういいぞ遠慮するな。

 ……オウ、イェ、AHHHHHHHHH!!

 極上の美女が、『隼』に跨っていた。

 いやもうなんてぇか!『隼』を従えるそのスラリとした長身とか!プロテクター入りの無骨な皮のジャケットの下から脳内補完で浮かび上がるメリハリの効いたボディラインとか!腰まで届く長い黒髪とか!モデルか女優で通りますって顔とか!それでいて隣のお姉さん的な気さくな雰囲気とか!!……ああ、なんつうかもうこれは凶器ですよ先生!?おれ・的・直・球!!そりゃカウント2-0でも迷わず振りに行きますわ!!呼吸の度に叫んでやるさ、オウ、イェ、AHHHHHHHHH!!

「……楽しそう、ですね」

 深夜のサービスエリアで奇声を絶叫するおれに、おねいさんは呆気に取られた態。そんな表情もまた悩ましい。ちなみに、そんなおれの奇行も人目を引く事は無かった。おねいさんが周囲の視線を充分以上に引き付けまくっていたので。

「あ、あの……亘理さん、ですよね?」

「Yes!Iam!!」

 どこぞのエジプト人張りに力強く応えて前進、おねいさんの両手をとる。おねいさんが怯えたように身を竦ませる、その大人びた表情と初々しい反応とのギャップががが、もう、ぐふっ。

「派遣会社フレイムアップのエージェント、亘理陽司です。今回はご一緒できて光栄です」

 破綻した人格を強制シャットダウンして非常用のバックアップでどうにか対応する。バックアップのバックアップとは笑い話にもならんが、この際そんな事はどうでもいい。

「……は、はい。鹿毛玲沙《かげ れいさ》と申します」

「OH!玲沙サン。イイ名前デス!」

 ガイジン口調でトークするおれ。ん?レイサ?どっかで聞いたような……?

「オーストリッチ・メッセンジャーサービス《OMS》から派遣されてまいりました。今日は……」

「おおう!あの国内どこでも最速確実にメッセージを届けるバイク便の!いやいやこちらこそよろしくお願いします」

 馴れ馴れしさMAXで手をぶんぶんと振る。ていうか、これはアレだ。先生、アレを期待してイインデスヨネ?ヨネ?

「その……じゃ、じゃあ、行きましょうか。時間も無い事ですし」

 言うや、『隼』のタンデムシートに視線を注ぐ。おれはメットをかぶり、躊躇せず跨る。もともとこのキャリングケースはOMSのものらしく、『隼』の後部に取り付けてあった金具に容易く取り付けることが出来た。そして期待通りふふふふふあははははははははははは!!

「あの。じゃあ、出発しますから。つかまっていてくださいね」

「はい!それは!もう!!非才なる身の全力を持って!つかまらせて頂きます!!」

 垂れ落ちそうになる顔面筋を必死に維持しつつ、その信じられないくらい細い腰に手を回し、メット越しに髪から香るコロンを過呼吸になりそうな勢いで嗅ぎ集める。そんなおれの様子に戸惑いながらも手馴れた様子で髪をまとめてメットをかぶった玲沙さんはキーを捻り、その獰猛なしもべに火を入れる。

「…………っ」

 流石に浮かれた気分が一瞬吹き飛ぶほど、重い唸りが鼓膜と腹から伝わってくる。あれ、ちょっと、

「行きますよ」

 ギアが跳ね上げられ、クラッチがつながれる。心臓で生み出された膨大なエネルギーを丸い翼に叩きこまれ、猛禽は狩りに向けて羽撃たく。

「こ、れっ!」

 芸術的な加速に、準備していたにも関わらず首が後ろに持っていかれそうになる。反射的に強く腰にしがみつく、その感覚を堪能する間もなく、視界が転回する。素晴らしく小さな内径でターンを一つ、おい、遠心力で一瞬腰が浮、そのまま出口に向けて、弾丸は放たれた。

「は、や、す、g」

 ぎ、の文字は凄まじい勢いで後方に流れる側壁に千切れて消えた。ヌルさを急速に空冷されていった脳が、業界に伝わる一つの『二つ名』を今更ながらに思い出していた。

 レイサ。

『剃刀《レイザーエッジ》』。

 林檎の皮を剥くが如く、死線の直前にある最短のラインを削いでゆく、最速のバイク使い。東名高速を二時間で走破したという噂もある。ホーリックの編集者もとんでもない伝手を持っていたものである。

 暗闇の中に飛び込んでゆく片道切符の弾丸に乗ってしまった、という現実から逃避するためか。そんな情報を、おれの脳の一部がいやに遠くの視点から冷静に思考していた。

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