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猫又のばらばら書評「おかめ八目」

 『放射能の人類学 ムナナのウラン鉱山を歩く』内山田 康著

 福島原発事故が私たちに与えた衝撃は大きく、原発の危険性や経済効率の嘘や、なかんずく、事故で被災された方々が故郷を失い、さらには事故の後処理もままならないまま、事故当事者である東京電力も責任を取らず、国策で進められたにもかかわらず政府がこれを反省材料にする様子もない。むしろ事故を風化させることに力を注いでいるかのような現在である。
 本書は核の原料であるウラン採掘の現場を歩いた人類学者の思索の本である。私たちは核のもっとも先端の問題には多くの問題があることは3・11以後知り得る機会はあり、また努力して学んだ。しかし時にはウランはどこから来るのかと思う事はあっても、なんとなくアフリカからかな?くらいの認識で思考中断していた。ただ日本でも人形峠にウラン鉱山があり採掘もされていた事は知っていたが、その跡がどうなっているのかを報告されたものは読んだことがない。
 本書はアフリカのガボンにある(あった)ウラン鉱山跡を訪ねて、そこが現状どうなっているかを見て、人びとと話しを聞いて歩いた記録である。つまり人類学という学問形態に依拠しているために、科学的な書物にはなっているわけではない。むしろそこに住んだ人、もちろん労働者、そしてその鉱山が閉鎖後の自然環境がすさまじい破壊となっている姿を淡々と描いている。この鉱山はフランスの核の原料のために2つの露天掘り鉱山と4つの地下鉱山が稼働した。鉱山の探索は1950年代初頭からフランス領赤道ギニヤで始まっていて1958年にウラン採掘会社COMUFを創設して1961年に採掘を開始した。採掘の前にウラン発掘のシステムは作られ、そこではいわばフランスの植民地として放射線に関する法律も制度もなく、知識すらなく、フランスからの技術者を頂点にした社会的なヒエラルキーの最下層に現地の人びとが被爆労働を担った。そして1999年ウラン採掘が終了した。しかし、フランスから来ていた管理者や技術者も帰国後多数が癌で死んだという事実が明らかにしていることは、それよりも直接に鉱山で働いた現地の人びとの多くはさらに多数の放射能被害者を出したと思われる。しかしそれを調べる手立てはない。なぜなら鉱山は放棄されて、露天掘りの後は水没し、湖となっている。さらに著者は現地に行くためにグーグルマップを使って調べるのであるが、鉱山のあった地域へのアクセスは不自然に樹木で隠されていて、現地の人でなければ調べることも出来ないらしい。ただ放棄された社会インフラや遊戯施設(図書館やサッカー場など)、さらには車などが放棄されていて確かに街が過去に存在したことが分かるのだそうである。この汚染された地を一応アレヴァが再生事業として埋め戻しなどを行なったがそれは単なるアリバイでしかなく、完了できる問題でもかかわらずIAEAが再整備関終了のお墨付きを与えているとのことである。更に驚いたことであるが、このムナナに中国が目をつけマンガンの採掘権を100年間取得していると言う。しかしそれを始めた場所もグーグルマップではボカされていているそうだ。新たな帝国主義的植民地化が進んでいる。中国はマンガンのみならず、木材の切り出しも行っているらしい。
 一体そこで生きていた人びとはどこへ行ってしまったのであろうか?フランスのNGOが2年間の交渉を経てムナナで鉱山の採掘に従事した700人以上のアフリカの元労働者の健康状態をモニタリングするための監視施設を設立することに合意したのであるが、それは彼らに補償を受けられるようにする目的であったがアレヴァは2名のフランス人に補償をしたのみで解散されているということである。東電の福島被災者の補償を放棄している実情は同じである。
 あらためて原子力、核兵器、原発はグローバルなネットワークに拠っている事を認識しければならないだろう。この人類にとって最悪のマシーンは周縁から収奪し、それだけではなく、その稼働後の後始末を押し付け、中心だけが富を得るという無残なシステムであることを心してかからなければならないだろう。
 なお本書はムナナだけではなくイギリスセラフィールド原発の事故後の周辺の白血病の増加をめぐる論争のについてや、日本原子力開発機構が人形峠のウラン残土をアメリカユタ州のホワイトメサ精錬所送る計画があるということを記している。ユタ州の原住民の保留地にもウラン問題がある事は知られている。さらに現在日本でも最終処分地を巡る問題で名前が挙がっている寿都町にも触れられている。
 本書は人類学者がフィールドワークの中で出会う人々の姿や語りを丁寧に拾い上げるということで、時には現地の人に助けられたり、延々と歩くことしかない旅が描かれていて、そこから得られるのは、便利さとか、知らない土地を犠牲にしている近代性や効率をもう一度見直して、グローバリゼーションの負の側面の最大の問題を眼前に見せてくれる。そして、にもかかわらず愚劣な日本政府は再び原子力にエネルギーをシフトしようとしている。その理屈は言い古され、全くの偽りであることを多くの国民が知っていることにもかかわらず、原発はCO2を排出しないから、カーボンニュートラルの切り札になると言う欺きである。


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