猫又のバラバラ書評「おかめ八目」

 人は厳しい状況下にある時、その重圧に押しつぶされないために本を読む。しかしそれは並大抵のことではない。戦時下のシリアで命の危機の中で若者達のとった図書館を作り本を読むことで、精神的破綻を回避し、生き延びてゆく姿を描いたノンフィクション、「シリアの秘密図書館」デフィーヌ・ミヌーイ著 藤田真利子訳を読む。

 本書の最大の特色は、ノンフィクションであるが、現地調査も登場する現実の人物とのやりとりもすべてスカイプとメッセンジャーアプリでなされて、書かれたということである。私自身中東情勢に詳しくはないが、シリアという国がアサドという残忍な独裁者によって、民主主義的反対派が弾圧されていることや、アサド反対派から今や壊滅したようではあるがイスラム国やヌスラ戦線というジハード主義の過激派が生まれ、シリア内戦がロシア・アメリカを巻き込んで、多くの難民が生まれた事実には心を痛めていた。そのシリアの首都ダマスカス近郊の町ダラヤで反政府行動が続いた後にシリア政府は街全体を封鎖して、残った住民に容赦ない空爆を加え、ほとんど町を廃墟とした。そのダラヤに残った若者数名が廃墟の中から書物を掘り出し、廃墟の地下に図書館を作った。そのことを偶然ネットで見た本書の著者はイスタンブールから途切れ途切れのネットを駆使して彼らとの接触に成功し、彼らがイスラム過激派とはまるで違う、自由を希求する普通の若者であり、彼らがアサドによる弾圧でそれまで本を読むことさえ少なかったのにもかかわらず、書物を救助する中で、本を貪るように読み始め自分たちの精神的な成長を図る過程を確認し、それを書き残すことで、潰え去ったアラブの春の最良の後継者としてのシリアの良心として描いて見せてくれた。空爆は激しく、サリンもナパーム弾も使われ、多くの死者が出る。仲間の中には自由シリア軍として戦闘に加わらざるをえない若者もいるが、彼が最も熱心に本を読んでいる(彼は最終的には戦死している)。図書館は封鎖された町に残った住民にも貸し出されていて、住民のための図書館としての活動も十分に果たしている。その書物はイスラム関係ばかりではなく、シェークシュピア、サン=テグジュベリやパウロ・コエーリョ、自己啓発本などもあったそうである。暴力の盾としての知を彼らは信じている。ジハード主義者だけがアラブの反体制派ではないのことがよく分かる。

 登場人物との連絡が密に取れないことでの彼らの状況の過酷さが浮き彫りになる。やりとりはやがて図書館についてだけではなく、封鎖されたダラヤでの生き延びる日々が推測され、食料の危機、国際的な人道物資さえ、街の近くに来ても政府軍の空爆で引き返すという中で、餓死寸前で、かろうじての休戦で全員が街から退去することになり、図書館は政府軍によって破壊されてしまう。しかし彼らは町を脱出後も、めげることなく強制移住させられたイドリブで巡回図書館を始めたそうである。それほどまでに彼らは厳しい状況の中、知識を得ることで、歴史を学ぶことで、自由を得る方法は武器によってではないことを確信して生きている。シリアのアサド政権は未だに続いている。彼らの未来に光が来ますように、祈るばかりだ。

本書はダラヤの不服従者たちへ捧げられている。

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