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猫又のバラバラ書評「おかめ八目」

 『リニア中央新幹線をめぐって 原発事故とコロナ・パンデミックから見直す』山本義隆著

 著者、山本義隆とあるだけで、心が揺らぐのは同時代を生きてきた人たちにはあるのではないかと思う。山本氏は科学史家として多くの著書がありそのいずれもが重厚なもので私の本棚にもある(のだが読み切れたためしはない)。その他、「福島原発事故をめぐって いくつか学び考えたこと」と「近代日本150年――科学技術総力戦体制の破綻」、「私の1960年代」は読んでいる。その山本氏がコロナ禍以後の社会のあり方を見据えて、いまある日本の最大の問題点の在り様を記したものである。なお本書はコロナ以前に「10・8山崎博昭プロジェクト」のウェブサイトに書かれたものに加筆したものだそうであるが、コロナによって問題点はより鮮明になり、日本はどうあるべきかの視点が明確化したと言えると思う。

 なぜ、本書のタイトルが「リニア中央新幹線をめぐって」なのか?と不思議に思われる方も多いであろうし、リニア問題が全面展開されて論じられてきたという事はないし、現状すらどうなっているのかも薄ぼんやりとしていて、分かりづらい。しかし反原発の行動をしていた人たちの間では、リニアが原発がらみである事は薄々気づいていた。つまりリニアが電力を大量消費するシステムであり、中部電力の浜岡原発がその電力の基盤に位置づけられているために、浜岡原発の稼働を前提としていると言う点が、中央レベルで論じられていないことが問題であった。本書によると走行の為の電力はJR東海の新幹線の4倍という試算は非常に不確かというよりは恣意的に抑えられていて、数十倍であろうという科学的な試算がされている。さらにまるでわからなかったことなのだが、コイルを維持するために膨大な液体ヘリウムが必要なのだそうだ。これは開業されればの話であるが、それ以前に工事による環境破壊については現在南アルプストンネルによって大井川の水流に大打撃を与えることが考えられていて、静岡県の川勝知事が工事着工を拒否しているが、水源が枯渇することで静岡のお茶の栽培が壊滅することが危惧されている。この環境破壊は単に地表から深い所を掘るのであるから問題がないと言えるのか、環境アセスメントでも対応できないとされている。またほぼトンネルで、その掘削された土壌の運び先も考えられておらず、ある場所では積み上げるだけしか計画されておらずその高さはビル数十階分に当たり、その後の土砂の崩壊が危惧されていると言う。この地下を掘削することの問題点について、トンネルが通過する予定地の住民の同意を得ることなく進められている事の理不尽さに驚くのであるが、2000年「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法」として成立していたのだそうだが、知らなかった。この目的がリニアであったことは明白なのだが、この問題点を明らかにした例が先日の調布の事故で、東京外環道工事による陥没事故である。リニアが同じである可能性は大きい。

 さて、リニア問題は環境破壊・原発依存の問題が表面的に理解しやすいが、根本問題として、なぜリニア中央新幹線がいくつもの問題があるにもかかわらず強行されてきたかという点である。驚いたことにJR東海が自己資金で行う計画であったはずが、なんと2016年に安倍首相が閣議決定すらしないで三兆円を財政投融資を充てることにして、無担保で30年元本返済猶予、金利0.8という低金利で国の金を投じ、いわば国家事業化してしまったということである。JR東海の葛西敬之社長と安倍が親友であることが裏にあるということで、森友・加計問題と同質であるが、もうなんだか考えるのもうんざりした。

 もろもろの問題点が露わになって来て、それでもリニアに固執してどんな利点があるのか、まるで考えられない。だいたい東京・大阪間の時間短縮に意味があるのか?コロノ禍でテレワークが浸透することで、仕事での往来は必要性が薄れてきた。またトンネルの閉鎖空間で旅気分を味合う意味もない。事故が起これば航空機事故相当といわれているらしい。人口の減少を考えれば利用者の増大など考えられない。問題は大都市への一極集中を加速させることの問題が大きいと著者は指摘している。誘致自治体はリニアによる集客効果を考えているとしても、むしろ客は通過点でしかなく、商業的効果は絶無だ。逆に駅前のシャッター街が増えるであろう。これをストロー効果というのだそうだ。すでにそれは従来の新幹線にも当てはまっていて、経験済みということである。

 なぜかくも膨大な無意味な、災害級のプロジェクトが進められるかについて著者は丁寧に記述しているので読んでいただきたいが、戦前からの工業重視、それを引き継いだ戦後の科学立国を目指したことでの、経済成長神話の成功体験から抜け出せていない政府、財界、学者たちの悪しき経験則が引き起こしていると言う指摘である。山本氏もポスト資本主義について強く主張しているのは、国策重視の公共事業ではなく、地方分散ネットワークへのシフト。コミュニティー経済の展開、過剰の抑制、再配分の強化、再編成を地域内での循環システムの構築をあげている。山本氏はこれまで書かれてきたこの点に関係する書籍を多数引用されていて参考になる。その中にはいまやベストセラーの「人新生の資本論」もある。今や経済成長を目指すのは人類にとって善ではない。資本主義は拡大再生産が命題である以上、現時点での諸問題、環境破壊、格差問題、貧困等を解決するために資本主義ではない社会構造を目指す事を始めなければならない時が来ている。

 とても読みやすく、科学に弱い私でも、大体は理解できる。是非一読を。


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