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絨毯

その絨毯はおれの部屋をいとも簡単に陳腐で退屈なものにしてしまった。

ふと思い立って実行した寝室の模様替えは最後のピースを必要としていた。掃き出し窓の正面を占領し、ベランダへの動線を阻害していたデスクを壁際に移し、入れ替えにベッドを窓際に配置した。ベランダへの動線はかろうじて確保され、部屋は広く、明るくなった。

あとは絨毯だけ。最後のピースは絨毯に違いないのだ。部屋の中央、デスク前の椅子の下、美しい絨毯を敷く事によっておれの部屋は完成するはずだった。

いま最後のピースの選択を違えたおれは、ベットに腰を下ろし、虚な目で部屋を見渡している。

清潔感に溢れ、かつ創造的で、それでいて心休まる寝室。昼の光、雑誌の中の生活。理想の生活はいつも雑誌や映画の中にある。あと一歩のところで選択を違えたおれは、いま部屋の一角から腕組みをしたまま部屋を見下ろしている。

デスクは正解だった。無垢材を使用したシンプルなダイニングテーブル。木の呼吸、柔らかい手触り。椅子も正解に近い。意匠権の切れたイームズチェア。程度の低い模造品でも偉大な設計家の残した美はある程度機能するようだ。今となっては陳腐でキシキシと嫌な音を立てる安物椅子に成り下がってしまったが。

それもこれもこの絨毯のせいである。

ペルシャ絨毯に憧れがある。"漂泊の王の伝説"を読んだあの日から、おれの脳内に存在する理想の寝室には必ず美しいペルシャ絨毯が敷かれている。いま中途半端にその理想に手を伸ばしたおれは、ペルシャ絨毯と呼ぶにはあまりにも柔らかな布の上で途方に暮れているのである。

そもそもこれは絨毯ではない。ペルシャ風ラグマットである。ペルシャ絨毯なら互いに強く織り固められたシルクに、複雑かつ規則的で、幾何学的かと思えば生々しいほどの自然を湛えたあの美しい紋様が張り巡らされているはずであるのに、いまおれの指に触れるのは赤子を横たえるのにも躊躇しないほどの柔らかい布である。意思を持つシルクの硬さで緊張感の中に微かな安らぎを感じさせるようなあの手触りとは程遠い。なぜなら、安物のペルシャ風ラグマットだからである。

足を投げ出してうなだれつつ目を閉じると、ふと脳裏に浮かぶ光景があった。

院生時代、イスラム圏の留学生が礼拝を行うのを見た。青年は廊下の突き当たり、人気のないエリアに小さな絨毯を敷いて靴を脱ぎ、遠く離れた神に向かって祈りを捧げていた。その絨毯は窓際の手すりに無造作にかけられていることがあり、おれはその前を通りがかるたびに昼の光を受けて鈍い煌めきを放つあの紋様に目を奪われていた。あの絨毯は青年の聖域だから美しく見えるのだろうか。あの絨毯は青年の故郷と地続きの場所に敷かれているのだろうか。

蛍光灯の明かりの中で目を開ける。やはり間の抜けた寝室の中、おれは安物のラグマットの上であぐらをかきながら、いつか本物を手に入れようと決めた。

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