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極東から極西に行くことにした⑤:カミーノ準備編・諸々ばれて、それからのこと

 前回の粗筋
 カミーノのアプリを色々インストール。クレジットカードをついに作った。
 ところで、上の写真はまな板の上の鯉ならぬ、焚火台の上のブリ。そんな感じの気持ちになる、今回の記事に続きます。




・ご内密に!


 前にどこかで書いたように、実はこっそりスペインに行く準備をしていた。
 Sさんは、私が誘ってすぐに親御さんに話したようだが、こちとらきちんとプランが立っていないと、真面目一本で働いている同居の両親を納得させられないだろう。何せ仕事を辞めて1ヶ月以上、バックパック一つ背負ってスペインを歩いてこようというのだ。
 パリやセビーリャ、バルセロナだけを観に行くなら大目に見てくれる可能性もあるが、このままでは、ふざけるなと一喝される確率が高い。それにもし言われたとして、正直両親の気持ちも分かる。無職になるって言ってる娘を怒らない親もそうはいないんじゃないかな。
 例えしばかれようが私はきっと行くわけだけれど、できれば軋轢など無く出発したいという気持ちがあった。

 今でないといけない理由、動機。旅程、旅行保険、予算、次の仕事の目処、etc.etc. 伝える情報のどれが欠けてもいけない。きちんとプレゼンできるように、揃うまで慎重に準備をしなければ。


「えー、言ってないんですか!」
「うん。まだ説得材料が揃わない。ぐうの音もでないくらいキチンとしたプラン提示しないと」

 5月13日、仕事帰りの駐車場でSさんに言う。もう日はとっぷりと暮れていた。時刻は20時頃だっただろうか。

「私なんかすぐ言っちゃいましたけどねぇ」
「知ってるよ、早いなあって思ったもん。妹達には言ったんだけどねぇ」
「妹さんはなんて?」

 私は三姉妹の長女で、二人の妹がいる。それぞれ離れて暮らしている妹達が、甥っ子や姪っ子を連れて帰ってきた際に伝えておいた。

「真ん中の妹には、ジプシーに着いて行かないように。一番下の妹にはスリに気をつけろっていうのと……あ、あとお土産買ってこいだって」
「わー、信用されてない。ほんと着いてかないでくださいね。あ、でもスペイン行きは反対じゃないんですね」
「妹らはね」

 駐車場の砂利道を踏んで、暗い麦畑を見た。正直現段階で何よりも重たい問題だ。

「ま、もうすぐ材料揃うから、そしたら言うね!」
「行けないなんてことにならないで下さいね!」

 手を振って別れ、家へと急いだ。
 隠し事はどうにも苦手だ。


・バレてる

 
 5月14日、確か事前に買っておくいたプレゼント用の鍋セットと、カーネーションを抱えて帰宅した。

「ただいまー!」
「あら綺麗ね、鍋は料理込みのプレゼント?」
「まあね、お母さんも使ってもいいよ?」

 鍋のセットの箱をテーブルに置こうとして、とあるものが目に飛び込んできた。それは、A4サイズの封筒。表には思いっきり旅行会社の名前が印刷されている。
 あ、そう言えばカウンターのお姉さん、航空券の控えを送るって言っていた。

「ひっ」
「……あんたさあ、スペインに行きたいとか言ってたよねぇ」

 振り返ると、母の手に巡礼関係の本。あの、愛読書にしている高森さんの本。
 すーっと頭から血が下がる感覚がした。

「仕事はどうするの? 辞められるの? つーか、辞めたとして次の仕事はどうするのよ。考えが甘けりゃ隠してやるには詰めも甘すぎる!」
「あああ……」

 その後いつ行くのか、どのくらいの期間なのか、次の仕事の目処は立っているのか、ものすごく質問された。ある程度準備はしていたものの、私の返事は歯切れが悪かった。そしてその後数日間は、あんまり口を聞いてもらえなかった。 
 いい歳こいて、とんだ放蕩娘だと思ったことだろう。
 私もそう思う。


 そんなでも、鍋は使ってくれたし花も飾ってくれた。そんなだから、母の日の出来事だし少し胸が痛かった。



・転機


 状況が変わったのは6月24日。
 この日私は友人とマティス展に行った。父は仕事、母は母の姉である叔母に会いに出かけたので、三人ばらばらで都内にいた事になる。


 展示も、友人との話しも面白くて、時間があっという間に過ぎて行った。友人は映画や舞台の知識が豊富で会話のテンポが良くて一緒にいるだけで楽しいのだ。以前巡礼に誘ってみたけれど、パリまでならいいよとすげなく断られた。

 帰りに切れてしまった時計のバンドを替えるのに付き合ってもらった。


SEIKOのソットサスという時計。上のは今の仕事に就いた時に記念に購入した。バンドを替えるのは2回目。

 バンドの裏が黄色だと気づかず購入し、奇しくも、モホンと呼ばれるカミーノの道標っぼい色合いになった。

 お茶をしてから友人と別れたところで、母から連絡があった。もう帰路で東京駅にいるという。合流すべく向かい、指定されたビルのレストラン階に上がると父はまだいなかった。

「早かったね。叔母さん元気だった?」
「元気元気、そう言えばさ、あんたがスペイン歩く話をしたんだけどさ」
「へ? 叔母さんに?」

 叔母さんはスーパーウーマンだ。
 趣味に仕事に家事に、兎に角人生に手を抜かない人で、私は密かに尊敬している。

「叔母さんなんて?」
「それがさ、最近NHKでサンティアゴ巡礼の番組見たとかで、興味あるみたいだったよ。あれこれ娘に説明してたわ。まあ……行ってもいいんじゃない? ずっと行きたかったんだもんね」

 はあ、と、止めていた息が漏れた。
 叔母さんが口添えをしてくれた、という事だろう。ずっと行きたかったというのも、あの歯切れの悪い説明でどうやら伝わっていたようだ。


 そのうちに父が仕事を終えてやってきた。

「アントニオにもスペイン行くって言っとこうか?」

 夕飯を一緒に食べている時に父が言った。
 アントニオさんは、スペインに住む父の知人だ。彼の奥さんに教わったトルティーヤを、母はよく作る。たまごとジャガイモと塩だけのオムレツで、とても美味しい。

「いや、ご迷惑だろうしいいよ」
「じゃあ、何かあった時用に、アントニオにメールアドレス教えていいか訊いとくわ」

 後日、アントニオさんのメールアドレスをもらったのだけれど、「何かあった時用」だから使わないことを祈っている。


 巡礼準備のうちで一番大変で大切な「家族の理解を得る」という問題を、恐らく周囲の後押しと家族の妥協と優しさでクリアすることができた。本当はぐうの根も出ないくらい完璧なプレゼンをする予定だったのだけれど、きっとした所で私だけの力では問題は打開できなかっただろう。

 あーあ、800km絶対歩ききろう。
 で、帰ってきたらまたばりばり働こう。


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