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『エリザベート1878』(2022・マリー・クロイツァー)

なんか、あんまりいいとは思わなかった。

「コルセットを脱ぎ捨て、自由を求めて飛び立つ時」

という、キャッチコピーと完全に内容が違うと思ったし。

かつてのオーストリア皇妃、エリザベートが自由奔放だったというのは割と定説らしいけれど、
この映画の中のエリザベートに自由な印象はなく、
単に衝動的で自分勝手なところがあるくらいで、
40になって自らの美貌の衰えに脅え、
自分を美しいと言ってくれる男を求めて、
あの男もダメ、この男もダメ、と、さまよって、
束縛から解き放たれるための1年というよりも、むしろ苦悩を深めていった1年に見えた。

特にルトヴィッヒ2世とのいきさつは、浅薄な解釈というか。
エリザベートは一瞬、やっぱり気の合うのはこの人だけ、と燃え上がったのかもしれないけれど、
「すまない、いとこよ。君を愛している、でもダメなんだ」
とかなんとか言われると(字幕を一度見ただけなのでせりふは不正確)
すっかり冷め切ってしまって、翌朝にはもう仏頂面で食卓に出てくる。
そりゃ、ルトヴィッヒだっていやみのひとつも言いたくなるだろう。

そうか、この人は「身も」心も愛してくれて、丸ごと自分を受け止めてくれる人じゃないとダメなんだ。
でもそれって、少女の抱く幻想みたいなもの。
人から与えられることばかりを期待するのは、自由な精神の持ち主のすることじゃない。

ラストは、エリザベートがそうやって人生に失望した結果にしか見えなかった。
しかも史実と違い過ぎる。

これを解放された女性の姿というのか? 私にはまったくそうは思えなかった。

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