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ヴィジョナリー(HSP)としての萩尾望都

今年、ショックだったことの一つは、
萩尾望都が『一度きりの大泉の話』を上梓したことであり、
しかしそれはもちろん、以前も書いたとおりに、
萩尾先生が若い頃にこんなひどい目に遭っていたなんて! というものではなく、
萩尾望都ともあろう大作家がこんなひどいものを書くなんて、という情けなさからだった。

しかしその後、機会あってHSP(いわゆる「繊細さん」。感受性の強過ぎる人々)に関する本を数冊読むことになり、
ああ、そうか、萩尾望都もこういった敏感気質の人たちの一人なのか、そう考えれば、言われたことを強く受け止め過ぎて、傷つきやすいのも筋が通る、と思い、
その点についてはなるべく、もうそれ以上は考えないようにしてきたのだった。

というのも、ちょうどHSPの才能を4タイプに分けた本を読んだからで、
そのタイプ別分類の中の一つに、ヴィジョナリー(視覚力が強過ぎる人たち)というのがあり、
その一例として説明してあった、フォトグラフィックメモリー(目で見たものを画像で記憶する能力)が、
妙に、萩尾望都の「見たものをぱっと覚えてすぐに絵にできる」(『一度きりの大泉の話』p.344)才能と合致するからだった。
それが、『一度きり~』を書くように萩尾望都に勧めたという城章子の指摘する、竹宮惠子が萩尾望都を恐れていた点であり、
竹宮惠子自身も、その自伝『少年の名はジルベール』の中で、
萩尾望都の、絵から入って絵で魅せる映画的な技量に圧倒され、恐れていた(文庫版でp.143~144)と、正直に綴っている。

ビジョナリーにはほかに、明晰夢(現実に体験しているかのように感じられる夢)を見やすいことや、未来を予見する場合があることや、前世の記憶をビジョンとして引き出してくる傾向、などが能力として上げられているが、
そうやって考えてみると、毎度のごとくふと思い出す萩尾望都の作品があり、
それは、「ここではない★どこか」シリーズ中の一作である『ビブラート』。

ここにはふとした拍子に異次元の波長と同期してしまう少年が描かれていて、
その時のようすが「ものがブレて見えた」「もう一人の自分が見えた」「ブレたまわりがキラキラして見えた」となんだかリアルであり、
しかも、それを乱視のせいだと思い込もうとしていたところとか、
乱視のせいではないとようやく気づいて、クラスメイトに初めて打ち明けた時に、
なんと言ったらよいのかわからずに、震えながら「変なモン」が見える、としか言えなかったところとか、
奇妙に実体験っぽく、
しかし私の知る限り(とはいえ、私は萩尾望都のエッセイやインタビューにはそれほど目を通しているほうではない。萩尾望都に関しては作品自体を鑑賞したい派なんで)、
萩尾望都が幻視を見るという話は聞いたことがないから、
誰かに取材したのか、書物から体験例を採取したのかとは思うけれど、
このとりわけ視覚に特化した描き方は、やはりヴィジョナリーならではの表現ではないかと思う。

ちなみにタイトルの『ビブラート』というのは、
異次元と同期する時に襲ってくる縦波を言い表したものだろう。
視界にビブラートがかかったような感じになるんで(少年の言う目のブレ)。
安直なタイトルのつけ方だと思うが……。

この物語はプチSFっぽく、異次元=ちょっとだけ今の現実と違うパラレルワールドに接触しただけ、ということで、危うい時期を通り抜け、平和な現在に落ち着くが、
そうやって、萩尾望都はきっと、いわゆるヴィジョナリーなんだろうな、と思いながら作品を見るようになると、
最近まで連載していた再開『ポーの一族』の『秘密の花園』にだって、なんだか怪しい描写が出てくる。
登場人物のアーサーが10年も昔の、
ほんとうは思い出したくもないんだろう忌まわしき夜を思い出す時に、
当時つき合いのあった女性のピアノを弾く後ろ姿を、
ポロネーズの音色とともに思い浮かべながら、
――ふしぎだ 指の動きまで見える――
と心につぶやくけれど、
作者のあなたにとっては、実はそんなものふしぎでもなんでもないでしょ?
いつもそんなふうに、過去に起こったことまでありありと目の前に見えるんでしょ!?
と、思わず突っ込みたくなってしまうのだった。

だからこそ、なお過去のことがきのうのことのように生々しく、いつまでも忘れられないのかもしれない。
そういう私も『一度きりの大泉の話』を半年以上も引きずってしつこいかもしれないが。

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参考になったHSPの本
『「繊細さん」の4つの才能』コートニー・マルケサーニ:著/和田 美樹:訳 SB Creative
『敏感すぎる私の活かし方』エレイン・N・アーロン:著/片桐 恵理子:訳 パンローリング


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