笑う犬「こてつ」の冒険
我が家には茶色いチビ犬がいる。
名前はこてつ。
こてつは保護犬。
なぜ保護犬を迎えようと思ったか。
「可哀想な犬を一匹でも救いたい」
とかそんな崇高な理由ではない。
全然ない。
単純に、ポンコツ人間の私には、仔犬から育てるHPは残ってないと思ったから。
仔犬のハチャメチャな感じは可愛いけど、あの元気に付き合う体力は私にはもうございませんのよ。
かの有名な伝説の力士の名言ではないが、体力の限界です。
寄る歳には勝てん。トホホ。
その代わり、自分自身が良い歳になり酸いも甘いもそれなりに経験したおかげなのか、性格が屈折しちゃってる難しい犬にとことん寄り添いたいという思いが強かった。
先代犬が20歳と長生きしてくれたおかげで、老犬の大変さも愛おしさも経験した。
トイレがわからなくなってあちこち失禁されても、その小便すら愛おしい。生きてるからこそ出るものだから。
ありがたく拭かせてもらった。
年老いて頑固さに磨きがかかり、ふいに噛みつかれても、その痛みすら彼が今ここに生きている証という喜びでしかなかった。
世の中で言う「犬の困った行動」は、大抵笑ってスルーできる自信があったのだ。
だから、とびきりポンコツな犬がいいと思った。
自分がとびきりポンコツだから、ポンコツはポンコツ同士、傷を舐め合おうではないか。わはは。
そうして保護団体を通して迎えたのが、こてつ。
我が家の一員となったこの犬は、ガリガリに痩せていて目ばかりがギョロギョロしていた。
その目も右目は失明しており、足4本すべての肉球が原型を留めていなかった。
後ろ足は慢性的に関節が外れ、尻尾は二ヶ所折れていた。
外耳炎と皮膚炎も患っており、歯には歯石がこびりついていて、何本か抜けてしまった歯もあった。
表情が乏しく、声も出せない。
会ってすぐ、保護団体がやたらと推してきてた理由がわかった。
とにかく、早く引き取り手を見つけたい。
って言うか押し付けたい。
だって、とんでもないポンコツちゃんだから。
この機を逃したら、このポンコツちゃんの引き取り手なんて見つかりっこないと焦っていたのだろう。
全ての手続きが終わり、いざ譲渡となった時にまず肉球を見て驚いた。
この時点では、右目が失明している事しか聞かされてなかったのだけど。
足4本、全部の肉球が腫れてブヨブヨ。
こんな足、見たことない。
こんな足で歩けるのか?
案の定、長くは歩けない。
少し歩けば、すぐに真っ赤に腫れ上がってしまって足を引きずる。
なんでこんな肉球になってしまったのか。
おそらく糞尿を放置した不潔なケージに閉じ込められっぱなしで何年も過ごしてきたから。
獣医師に診てもらった所、これはもう慢性的な炎症なので完治は難しいらしい。
目も怪我した時に適切な処置をされなかったから失明してしまったし、尻尾も折れ曲がったまま。
なぜ、こてつがそんな扱いしか受けられなかったのか。
繁殖犬だったからだ。
繁殖犬には、余計なお金はかけない。
こてつは6歳。
6年間狭く汚いケージに閉じ込められて繁殖の為だけに生かされてきた犬。
こてつはおもちゃの使い方を知らなかった。
遊んでもらった経験がないので、おもちゃが何をするものかがわからなかった。
たくさん用意しておいた犬用のおもちゃは、いまだにほとんど手付かずで置いてある。
おやつの存在も知らなかった。
目の前におやつを出しても、匂いをかぐだけで終わる。
生きる為に最低限のご飯しか与えられてなかったから、おやつを食べる習慣がなかった。
なんの楽しみも知らず、愛される事も知らず、人間が利益を出すために生かされてきた犬。
こてつは大人しいというより無気力で、何をされてもされるがまま、ただただ不安そうに私を見上げるだけのみすぼらしい犬だった。
私の中の何かに火が着いた。
「こいつを世界一幸せな犬にする」
そうして、一匹のみすぼらしい犬と一人のポンコツ人間の日々は始まったのだ。
そして、そんなこてつの今。
毎日うまい飯を食わせ、
手足を伸ばして安心して眠れる場所を用意して、
生きている事を褒めちぎり、
隙あらば抱っこして、
これでもかと撫で回して
「大好きだよ」と伝え続けていたら
こんなに良い顔で笑う犬になった。
そうだそうだ、こてつ。
昔の事なんて忘れっちまえ。
そうやって、毎日笑ってろ。
前だけ向いて生きていけ。
いろんな所を見に行こう。
足が痛けりゃ、抱っこして見せに連れてってやる。
右目が見えないなら、見える左目にたくさんの景色を見せてやる。
ポンコツ同士、一緒に笑って生きてこう。
これからは私がお前を幸せにしてやる。
私の幸せ?
お前が笑った時点でもう充分もらってるから気にするな。
ああ、そう言えば昔あったな。
「笑う犬の冒険」って番組。
これからまだまだ続く、笑う犬「こてつ」の冒険。
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