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〔ショートホラー〕友だち

月曜日なんて来なければ良いのに。日曜の夜、ベッドに横たわったまま菜摘は思った。視線の先、机の上には、去年の誕生日に友香から貰ったネコの縫いぐるみ。香箱座りで目を閉じて、すやすや眠っているように見える。
「菜摘、おめでとう!」
白くてフワフワのネコを見ていると、友香の声と笑顔が甦る。いつも優しかった友香。落ち込むと励ましてくれて、嬉しいことがあると一緒に喜んでくれた。大人しくて目立たないけれど芯がしっかりあって、中学でできた一番の親友だったのに。


そんな友香が、翔子たちのイジメのターゲットにされたのは、3年になってからだった。翔子が以前から狙っていた広海に告白した時、
「悪い。俺、お前のこと苦手なんだ」
とアッサリ振られたのがきっかけだ。それまでも、翔子には笑顔も見せない広海が、友香には明るく話しかけているのを知っていて、翔子は見苦しいほど嫉妬し、友香を恨んだ。完全な逆恨みだが、派手で気が強くて影響力が大きい翔子は、クラスの女子を巻き込んで友香を無視し始めた。


中学生の世界は狭い。ほとんどの生徒にとって、学校生活が大半を占めているから、そこが針の筵になってしまうと、どこにも逃げ場所がないような気がしてしまう。実際はそんなことはないのに、まだ広い世界を知らないために、そう思い込んでしまうのだ。
友香もそうだった。昨日まで普通に話していたクラスメイトが、ある日突然、自分を無視し始める。男子の前では一言二言、言い訳のように返事をするが、女子だけだと挨拶しても、話しかけても、誰も自分を見ないし、返事もしない。しかも、何も悪いことをしていないから、何の心当たりもない。理由も分からないまま、友香は追い詰められてしまった。


菜摘の頬を涙が伝う。翔子たちに圧力をかけられても、菜摘だけは友香を無視しなかった。挨拶も普通に返したし、話しかけられたらちゃんと応えた。だけど、そうすると菜摘まで無視されるようになった。友香は一番大切な友達だけど、部活が同じ友達や、塾が同じ友達もいたのに、友香以外は誰も話してくれない。そんなある日、段々と沈んでいく菜摘に友香が寂しそうに言った。
「菜摘、もういいよ。無理して私に合わせないで。明日から、私も菜摘に話しかけないから」
「えっ。そんなこと言わないでよ。友だちでしょ、私たち」
慌てて止める菜摘から目を逸らし、友香は感情のない声で呟いた。
「だって菜摘、もう自分からは話しかけてくれないよね。お早うの挨拶も、私が言わないと言ってくれないし」
菜摘はハッとした。友香は気が付いていたんだ。私が逃げ腰になって、無視はしないけど、自分から話しかけることは避けていたこと。申し訳なさと恥ずかしさで、頭が真っ白になって何も言えない。そんな菜摘を残して、友香は足早に立ち去ってしまった。


翌日から、友香は学校に来なくなった。すると、クラスの女子たちは、菜摘に普通に接するようになった。(友香に謝りたい…)と思いながらも、気まずさと、久し振りに他の友達と話せる楽しさに、ズルズルと後回しにしてしまう。広海を含む男子たちは、女子たちが何かやったのだとは思っていても、はっきりとは分からないから何も言えない。それほど翔子たちは巧妙だった。


2週間後の金曜日。菜摘が登校すると、クラスがざわついている。
「ねえ、何かあったの?」
菜摘が誰に話しかけても、相手は居心地の悪そうな顔をし、言葉に詰まってしまう。重ねて聞こうとした時に、慌ただしく担任が教室に入ってきて、声を絞り出すように告げた。
「皆さん…昨夜、友香さんが亡くなりました」
菜摘はヒュッと息を飲んだ。静まり返った教室で、担任が震える声で状況を話す。それによると、どうやら自殺らしい。
友香が自殺した。その現実が受け止めきれないまま、菜摘の目の前は暗くなり、崩れるように倒れてしまった。


気が付くと菜摘は、保健室のベッドの上にいた。
「亡くなった子と、仲が良かったんですってね。今日は帰って休んだ方が良いわ」
保健の先生の優しい言葉が胸に痛くて、涙が止めどなく溢れる。違う、私は友だちなんかじゃない。ただの汚い裏切り者だ。けれどそれを言葉にすることは出来ず、黙って俯いたまま早退した。帰る前、荷物を取りに教室に行ったが、菜摘に声をかけるクラスメイトは誰もいなかった。


週末はほとんど寝たきりで過ごした。食事も喉を通らず、起きる気にもなれなかったのだ。菜摘の両親が心配して何度も声を掛けたが、何を話せばよいのか分からない。曖昧な返事でやり過ごしながら、「一人にして欲しい」と言い、部屋に籠もっていた。だが、いつまでもこのままで居られないことは、菜摘にも分かっている。
「月曜日なんて来なければ良いのに」
今度は声に出して呟いた時、縫いぐるみのネコの目がパッチリと開いた。その目は血のように赤く、菜摘を凝視している。
「キャーッ!」
思わず悲鳴を上げて、菜摘は跳び起きた。


ネコは目を開いただけではなかった。
「そんなに月曜日がいやなの?フフ、傷付いた振りなんてしなくて良いのに」
ネコの口は動かないが、間違いなくネコから声がする。そしてそれは友香の声だった。けれど昔の優しい声ではなく、心が凍り付くような冷たい声だ。
「菜摘も広海くんのこと好きだったんでしょ。私の友だちの振りしてたけど、本当は目障りだったんだよね」
「そんな!違うよ、友香!」
一瞬、怖さも忘れて言い返す菜摘に、ネコは冷たく笑った。
「ああ、またそうやって否定するんだ。菜摘、悪者になるの嫌いだもんね」
「えっ…」
「私のこと、友だちって言ってたよね。菜摘はそう思いたかったんだろうけど、私は違うって気が付いてたよ」
ネコの言葉は鋭く、容赦がない。
「私が広海くんと話してるのを見てから、私に近付いたよね。でも、菜摘に悪意は感じなかったから、私はそれでもいいと思ってたの。きっかけは何でも、本当の友だちになれたらそれで良いかなって。でも」
ネコが大きく瞬きをした。
「私が一番苦しかったとき、菜摘は私を見捨てた」


「そ、それは本当にごめん!悪かったと思ってるの。嘘じゃない!」
泣きながら謝る菜摘に、友香の声は鋭さを増す。
「良い人ぶるのは、もういいよ。もし逆の立場だったら、私は絶対に見捨てたりしなかった。きっと自分からどんどん話しかけて、他の子の嫌がらせなんて菜摘が感じないようにした。でも、菜摘は違った。自分が悪者だと思われないように、浅く薄く私に返事を返すだけで、本当は私のことなんてどうでも良かったんだよね」
「そんな…友香…」
「今も、本当は悲しいんじゃない。自分のせいだって分かってるから、少しでも罪悪感を薄めて楽になりたいだけ。傷付いて後悔している自分が、気持ちいいんだろうね」
菜摘の顔が強張る。何か言おうとするが、言葉が出て来ない。それを見て、ネコは真っ赤な目を細め、口角を大きく上げる。笑っているのだ。
「でも、私は優しいから。菜摘の願いを叶えてあげる」
「私の…願い…?」


怯えた顔の菜摘に、ネコは明るい声で告げる。
「月曜日が来なければ良いんでしょ?ほら、時計を見て」
菜摘が壁に目をやると、時計は11時59分で止まっている。秒針はユラユラ揺れるだけで、全く進んでいない。青ざめた菜摘の顔を見て、ネコはますます楽しそうに続けた。
「あなたの時間は止まったの。もう月曜日に怯えなくて良いのよ。まあ、元の世界のあなたは、眠っているだけなんだけどね。目覚めることがない、謎の病気って感じかしら。あ、暴れても、悲鳴をあげても大丈夫よ。どうせここは夢の世界なんだから」
そこまで言うと、ネコは高らかに笑い出す。
時計は相変わらず11時59分から動かない。そう言えば悲鳴をあげた時、両親は声もかけてこず、部屋にも覗きに来なかったな、と今になって気が付いた。そうか、これはもう夢の中なんだ。終わることのない悪夢。
菜摘は体が痺れたようになって、全く動くことが出来ない。耳を塞ぐことすら出来ないまま、けたたましく続く笑い声をいつまでも聞いていた。

(完)


こんにちは。こちらに参加させていただきます。

今度は締め切りに間に合いました!小牧さん、先週はご迷惑おかけしました。またまたお手数かけますが、よろしくお願いします。
読んでくださった方、ありがとうございました。



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