南日本新聞コラム南点第10回「踏み出せ青春」

 東京にも春がやってきた。鹿児島で暮らしていた頃は2月まで耐えれば3月からは暖かく過ごせていたように記憶しているが、東京の3月はまだ寒い。4月も何だかんだ寒い日があるし、5月になってようやく全体的に暖かくなる。
 昔は春が好きじゃなかった。キャンディーズの歌に『春一番』という曲があるが、歌詞のあの前向きな言葉の羅列にクラクラめまいするほどだった。  
 四季の中では秋が一番好きだった。乾いた風の中、ひらひらと舞い散る枯れ葉の切なさに、そこはかとない共感を覚えていた。子供ながらに自分の人生も、こんなふうに心もとなく朽ち果てていくのだろうと思っていた。それなのに今は春が一番好きだ。まさかこんなふうになるとは思ってなかった。人生というのは、本当に生きてみないと分からないものだ。
 昨年5月に小説の新人賞を受賞して一年になる。受賞する2ヵ月前までは、春になったら自転車で旅に出て、どこか適当な場所で野垂れ死のうと本気で考えていたので、受賞した時に感じたのは喜びではなく安堵だった。なんとか命拾いした、という思い。それだから周りの人たちに祝福されてもあまりピンとこなかった。我が事のように喜んでくれるのはありがたかったが、あまりに喜ばれるとそのテンションについていけなくなった。この先の不安の方が大きくて冷静に返していたら、相手も張り合いを失くしたのかそれをきっかけにだんだんとギクシャクして疎遠になった友達や知り合いも何人かいた。寂しい気持ちはあったけど、代わりに新たな出会いもあったから今までなんとかやってこれた。
 だからそれでいいのだ。辛い事があってもとにかく前に進めば。アントニオ猪木のモノマネでおなじみ、芸人の春一番も生前よく言っていたじゃないか。
「危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし。踏み出せば、その一足が道となる」
 と。踏み出そう。


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