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書評:地面師たち(新庄耕)

本書は土地取引の詐欺を生業にしている「地面師」に焦点を当てた小説である。フィクションの体をとっているが、積水ハウスが55億5千万円を騙し取られた、2017年に五反田の海喜館跡地で発生した事件をモデルにしていることは明らかだ。発生から時間もたっていない実際の事件を娯楽として表現するのは作家としての手腕が問われるが、筆者の新庄耕氏は持ち前の取材力と構成力を存分に発揮し、一流のエンターテイメントとして昇華している。

多くの市民にとって、不動産というのは生きていく上で不可欠な半面、近くて遠い存在といえる。人生で最も高額な買い物になるにも関わらず、ほとんどの人は不動産仲介業者や銀行に任せっきりで、よく分からないまま判を押しているというのが実情だろう。新築マンション一つとっても、土地の仕入れから始まり周辺住民との折衝、設計、施工、宣伝、販売と奔走している人たちは多岐にわたるが、業界外でその全体像を想像できる人は少数派だ。この情報格差も本小説の魅力であり、読者が知らない世界の一片を覗き見ることができるという行為そのものが知的好奇心を刺激する。

地面師とは、他人の土地を自分のものだと偽装して販売する詐欺行為を働く人々の総称だが、一流企業が名を連ね数十億円が飛び交う世界でそんな初歩的な詐欺がまかり通っているという現実はまさに事実は小説より奇なりというほかない。悪役サイドが主人公のピカレスク小説として海千山千の猛者たちが暗躍し、企業が手玉に取られていく様子は痛快ですらある。

新庄耕氏といえば、「おい、お前、今人生考えてたろ。何でこんなことしてんだろって思ってたろ、なぁ。なに人生考えてんだよ。てめぇ、人生考えてる暇あったら客みつけてこいよ」といった台詞回しが有名な小説、狭小邸宅がTwitterで話題になり、一部で熱狂的な人気を誇るようになった。その後の題材もネットワークビジネスや大麻など、アンダーグラウンドすれすれの世界に挑んでおり、現代社会の人間が抱える欲望を描くことにかけては当代一の作家である。

本作に登場する人間は誰も彼も欠落を抱えている。愛する妻子を失った男、普通の仕事をしていると家族に嘘をつき詐欺行為に勤しむ司法書士、事故で傷を負い社会を拒絶するようになったプログラマー、家族に隠れて手を出したFXで巨額の損失を出した主婦、麻薬中毒の図面師、出世レースの最終盤で功を焦るエリートサラリーマン、秘密の愛を育む尼僧…欠落を補うためのむきだしの欲望が架空の不動産取引という舞台で存分に暴れまわっており、疾走感あふれる読み口で最初から最後まで飽きさせない。

現実の事件との対比も含め、予定調和では終わらせないという作者の意地が心地よく、読了後の得も言われぬ感覚を是非味わっていただきたい。

新庄氏には我々が住む世界の薄皮を引っ剥がした下にある実情を描き続ける稀有な能力を持った作家として、次回作以降も期待したい。そして、文庫本にあたって加えられた解説で大根仁氏が熱望していたように、映像化を是非実現して頂きたい。



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