【短編】赤ん坊を一瞬で泣き止ませる方法
休日、鼻をほじったり耳をほじったりほじったものを食べたりしながらスマホをいじっていると、赤い字でデカデカと「どんな赤ちゃんも一瞬で泣き止みます!」と書かれたアイコンのアプリが目に止まった。
俺にも生後1ヶ月3日12時間40分27秒の息子がいるが、さすがにこんなふざけたアプリは興味本位でダウンロードしてみるよそりゃ。夜泣きすげーもん。
起動してみると、1枚の画像が表示された。
夜の暗い時間に撮られたと思われる、1人の男が街灯の近くに立っている写真だった。真っ黒な上着のフードを深く被っており、かろうじて見える口元はニヤついているようだった。
「キモッ」
反射的にそう呟き、アプリを消そうとホーム画面に戻ったその時だった。生後1ヶ月3日12時間42分10秒の息子が泣き出したのだ。
「はいはいよちよちユーくんいいこいいこ〜」
オムツでもなさそうだし、ミルクはさっきあげたし、部屋が寒ッチョなのだろうか。
「おんぎゃあ! しんぎゃあ! りんぎゃあ! かんぎゃあ! ゆんぎゃあ! いんぎゃあ!」
くそー! 分からない!
「よーちよちよち!」
「はんぎゃあ! よんぎゃあ! かんぎゃあ! けんぎゃあ!」
何をしても泣き止まない。
「そうだ!」
先ほどクッションに放ったスマホに手を伸ばし、あのアプリを起動する。ダメ元だが、なんでも試してみようじゃねーの!
表示されたのはやはり、あのニヤついた男の画像だった。
「まぁこんなので泣き止んでくれたらノーベル賞ものだけどな」
そんな文句を言いながら息子に見せると、ピタリと泣き止んだ。
「まぢ?」
俺の中のギャルが出てしまうほどの効果だった。
息子は遠くを見るような顔をして、しばらくじっとしていた。
「お〜いユーく〜ん、お〜い」
動かない。
「お〜い」
大丈夫? これ。
と思ったら寝た。なんだよビックリさせやがって。
それにしても本当に泣き止んだが、なんなんだこれ⋯⋯たまたまか?
ネットでクチコミを調べてみると、このアプリが「ホンモノ」だということが分かった。
買い物から帰ってきた妻に教えたところ、一昨日あげた誕生日プレゼントの5倍くらい喜んでいた。やはり夜泣かれるのが堪えていたのだろう。俺もだ。
それからは毎日がエブリデイで、どこへでも息子を連れていくことが出来た。
今日の昼に行った回転寿司屋でも、アプリを使っている客が多かった。起動してすぐに使えるので、瞬時に対応出来るのが素晴らしい。
やがてテレビでも報道されるようになり、1ヶ月が経った頃にはアプリの普及率が100%に限りなく近くなっていた。
このアプリの登場は革命と言われ、高級な店でも、アプリさえ入れていれば0歳児でも連れていけるという店が増えた。
俺たち夫婦もだが、世の中に笑顔が増えたように思う。あやすことも、叱ることもなくなったからだ。
アプリを見せればすぐに泣き止むので、子に対するストレスは非常に小さなものになっていた。
ある時、テレビで偉い学者が「あの画像の男は誰なのか」と疑問を呈した。
確かに⋯⋯誰なんだろうか。
便利すぎて今まで気にしたこともなかったが、よく考えたらハイパー不気味写真じゃないか。なぜそんな写真でユーチューブ彦は泣き止むんだ?
それから世間では「逃走中の殺人鬼だ」「ただの一般人だ」「AIで作った画像だ」「オレのとーちゃんだ」などと男の正体に関する憶測が飛び交ったが、彼の身元が判明するには至らなかった。たった1枚の写真では無理だったということだ。
数ヶ月後、不気味なニュースが流れた。
なんでも、喋れるようになった子に父親が「パパじゃない」と言われる事例が相次いでいるというのだ。
原因は不明とされているが、その子たちがまだ泣いていた時期と、あのアプリがリリースされたのが同時期だったこともあり、それが原因ではないかと噂された。
それからすぐに、原因が判明した。
「パパじゃない」と言った子にあのアプリの画面を見せたところ、「パパ」と言ったのだという。
ニュースに出ていた偉い学者の話によると、自分が泣いていた時にいつも笑顔を見せてくれていたあの男を父親だと思い込んでしまったのではないか、とのことだった。
すぐに俺はアプリを使うのをやめた。夜は俺が面倒を見ると言って、妻にもやめさせた。
ユーチューブ彦が泣いた。
今までは画面を見せてオムツを確認して、用を足していたら交換して終わりだったが、これからは違う。ちゃんと俺が父親だと教えてやるのだ。
それから俺は、積極的に息子といる時間を作るようにした。
こういった考えになっていたのは俺だけではなかったようで、外出時に見かける赤ん坊のほとんどが父親に抱かれていた。
そして月日は流れ、息子が泣かなくなってから1年と1ヶ月と20日と1時間4分59秒が経った頃、いつものようにオムツを替えていると、息子が俺の顔を指さして言った。
「パ⋯⋯パ⋯⋯」
こんなかおしてました
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