南三中 -思考実験ものがたり- 本編

生徒たち「イマジンー、おはよー」
イマジン「おはよう」

教室に入ると生徒たちは既に着席していた。
ニートで再就職したあの春から思い返すとすでに3ヶ月が経っていた。ご存知の通り私はニートであった。3ヶ月前までは。知り合いが見つけた教師募集に淡い期待も抱かず応募した結果、採用され今に至る。教師免許もなく学歴・経歴・人格ともに一切目にとまるようなものはないと自負していたが、どうやら先方が探している教師像にどストライクしたようだった。

イマジン「はいじゃあ出席をとるぞー」

この私の物語を拝見する人間諸君らには先に伝えておかなければならないことがある。


目の前に座っている彼ら。
生徒たちはみな「神」だ。


出席の確認が終わると早速生徒が話を始めた。

生徒A「イマジンー、今日は何するん?」
イマジン「そうだなぁー。今日は新しい生物を想像するか?」

生徒B「Createの方?」
イマジン「いや、君たちにはまだ創造免許がないから無理だ。実際に創造するには創造物Ⅱ種、それを人間界に送り出すには創造物Ⅰ種免許が必要だ。」

生徒C「それって受験料いる?」
イマジン「いや無料で受験できる。ただしこの試験に合格しない場合、15才から20才の間での創造が禁止される。」

生徒D「え、それってつまり…」
イマジン「ああ、人間界送りだ。」

生徒E「えーでも神の人生で一番大事な時期じゃんかそれー」
イマジン「そうだ。この期間以外での創造は違法、無免許での創造は裁判で裁かれることになる」
南三中は普通の公立校だ。しかし、この思考科に集まる生徒はみな「神」なのである。神は15才で人間界でいう成人になり、そこから5年間の創造期に入る。20才以降は想像性を失いはじめ窓際族としての人生が始まる。

生徒F「神として生きてきて1個も創造できないのは神としての人生無駄にしてるよな」
生徒G「まぁそれもありじゃね?定年してる親父も人間界は悪くないっていってるよ」
イマジン「いずれにせよこの試験に合格することがこの思考科を設立した目的だ。そろそろ未発見創造物の在庫が減ってきたからな」
連携されている情報だけでも残り1千種ほどらしい。

生徒H「人間が調子にのって科学の力で新種とか探しすぎなんだよここ数世紀」
生徒I「だよなぁー。うちのじいちゃんは人間にバレないように深海に生息する生物を造ったらしいんだけど、潜水艦?ってやつですぐ見つかったって。めっちゃ悔しがってたわ」
生徒J「ほんとそれ。そろそろ火星のやつとかバレるんじゃね?」
生徒K「親父の賭けも負けが濃くなってきたなー。あと100年見つからない場合は勝てる!ってこの間言ってたのに」
イマジン「生物だけじゃないぞ。数学の公式や原子や分子、宇宙に存在する鉱物や天体、すべてを創造してくれ」

生徒L「おれはやっぱ過去のターレスやギルバートに電気の存在を教えた先輩みたいなことをしたいなぁー」
生徒M「あ、俺もそれやりたいんだよね!俺らだけが知ってる真理をクイズ形式で出してるみたいで面白いwちょっとずつヒント教えてどこまで正解にたどり着くか観察する。時間かかってたりするとイライラしてしまうけどw」
イマジン「それをやるには真理伝道甲種の免許が必要だ。思考科ではそこまでやらないが、勉強すれば資格は誰でも取れるぞ。頑張れ」

生徒たちのガヤガヤとした空気の中、当初予定していた新種の生物を想像する授業を始めた。ノートとペンを出し人間界の図鑑を元に絵を描く。人間界の図鑑を使うのは理由がある。既に新種として神図鑑に登録されているモノを見て想像性を失わないためである。もちろん、色も塗る。色が違う生物も新種扱いだ。免許を持たない生徒たちでもコンクールで最優秀賞を取ると新種の生物として大人たちによって創造されることもある。免許の取得時にはこの賞が有利に働き免許取得が楽になる。そのため皆必死で想像するのだ。この時間は皆ノートに向き合っているため私が話をすることは少ない。

さて、3ヶ月前までニートだった私がなぜここまで神の創造に精通しているのか人間諸君らは不思議であろうと思う。不思議に思わない人がいればそれはもはや人の感性を失っているので人と呼称するのは失礼かろう。そうであれば申し訳ない。

話が逸れた。

そう、簡単に言えば「勉強をした」の一言だ。それはそれは猛勉強であったが24時間フル稼働でニートをしていた私にとってそれは容易いものであった。日頃から想像に想像を重ね、現実と非現実の境目を失っていた私にとっては神を受け入れるのに時間はかからなかった。論理的合理的に回っていればすべてに説明がつく。神を知ることで人間社会をより深く理解することも出来るようになった。校長よ、採用してくれてありがとう。

生徒たちは神であるが故に好きな形に変身ができる。たとえば人。人間諸君らが宗教上で定義する視認できる神様の形はおおよそ人だと思うがその認識で差し支えない。学校内においてはハンズフリーであることが授業に置いて必須なのでみな人間の形をしている。ヤマトタケルやアインシュタイン、ヒトラーにジョニーデップと様々だ。

生徒A「イマジン、地獄にも生物つくっていいのー?」
手をあげた彼はドス黒い色をした二足歩行で盾と斧を携えた生物、まるでドラクエに出てくるバーサーカーのような絵を持っていた。

イマジン「マントはいるのか?地獄に」
生徒A「マントはヒーローの証、地獄にもヒーローっぽいやつがいたほうがいいかなーって」
イマジン「それにしては悪役っぽい色をしているが」
生徒A「ヒーローに見せかけた悪役なんだよ彼は」
イマジン「天使のような悪役よりは悪役味があるな。確かに」
生徒A「でしょ?人間って地獄と天国の位置関係もちゃんとわかってないから、ここは地獄だよって分からせるようなアイコン的なキャラクターを作りたいんだ」
生徒B「たしかに。それが分かってたら踏み込まないで済むね!今いる場所が地獄って気づいたにも関わらず人間は行っちゃうもんね」
イマジン「すまない。地獄と天国の位置関係について君たちはどういう設計をしてるんだ?」
生徒C「え、イマジン地獄と天国の関係知らないの?もしかして人間が死んだら行くとこだと思ってる?」
イマジン「ち、違うのか?」
生徒A「想像の授業よりも先に、イマジンに教えてあげたほうがよくねw?」
生徒B「そうだねー。せめてそこは抑えておいてもらわないと先生としてダメだよな」

イマジン「よし、では授業を変更する」
唐突なディスりに一瞬心が傷つきそうになるのを抑えて私は彼らに堂々と言った。声は泣いていた。

この3ヶ月神についてすべて知りつくしていたと思っていたが、彼らがどういう意図や目的でモノを創造したのかを理解していなかった。未発見の創造物の在庫を増やすために創造物免許の取得率をあげるという目的で雇用されたのが原因だろう、それしか勉強してなかった。神の歴史についても勉強をしておくべきであった。そもそも天国と地獄なんてどうでもいいと思っていたから興味もなかった。脳内で反省の弁を並べたて身長ほどの高さに積みあがったそれをよじ登るといつのまにか私は学校の校庭に足を踏み入れていた。

イマジン「なぜここなんだ?」
生徒に質問するでもなく誰かにキャッチしてもらえるだろうと期待していたわけでもない。ただ私は空に言葉を放り投げた。

生徒A「いまちょうど人間たちが体育の授業をしているからそれを見学に来たんだよ」
イマジン「天国と地獄の関係を体育で知ることができるのか?」
生徒B「まぁ見てみなよ」
生徒C「お、あそこは地獄だな」
生徒D「あっちは天国だよ」
生徒E「どっちも入り混じって傍から見たら地獄だなw」
生徒F「まぁ公立中なんてどこも地獄だよ。私立のほうがまだ選択できる」
神たちはサッカーにいそしむ男子生徒を見て口々に「あっちは天国こっちは地獄」と卓球の球を打ち合うが如く言い合っていた。

イマジン「まてまて一体どういうことだ?訳が分からん!」
男子生徒はただサッカーをしているだけでそこには閻魔大王も天使もいない。彼らは何を言っているのか。

生徒A「イマジン。めっちゃ仕事に疲れてる中年のおやじが温泉入ったらなんて言う?」
生徒B「残業ばっかりの会社で社畜として働いて徹夜勤務した日には?天国と地獄で例えるならどっちがどっち?」
イマジン「そんなの簡単だ。前者が天国で後者が地獄だろ」
何を言ってるのか理解できない私は少し鼻息交じりで言い放った。

生徒A「そう。つまり、天国や地獄っていうのは今いる自分の環境がその属性を孕んでいるかどうかっていうことなんだ」
生徒B「君たち人間は宗教や漫画やアニメでそれらを可視化しているけど、”死後に向かう別の新天地”と思っているだろう?それが間違っている」
生徒C「そうそう。実際口にだしてるのに気づかないなんて人間は滑稽だよ」
イマジン「…天国と地獄は”いま”、”ここ”に存在しているということか?」
生徒D「正解」

サッカーが苦手そうな男子生徒はいつボールが来るのか怯えているようだった。右サイドバックであろう位置でDFラインもあげることなく、動いたとおもえばゴール正面でまるでキーパーのような位置取りをしている。敵陣ゴール前では俺がゴールを取らんばかりとオフェンス陣が声を張り上げながらごった返していた。

生徒A「あそこにいるディフェンスの子にとってはいまこの時間、あの場所でサッカーに参加していることが地獄だろうね」
生徒B「逆にゴールに向かってるオフェンスの子たちは楽しそうでまるで天国のようだね」
神たちはそういいながら鉄棒や雲梯に無意味に腕や体をあずけていた。

イマジン「しかし、天国と地獄っていうのはそんなもんでいいのか?ちょっと呆気なくないか?」
生徒C「イマジンさぁ、そもそも誰がその概念を作り出したのよ。天国は雲の上で楽しそうに暮らして、地獄は張り付けにされて業火の炎で焼かれるみたいなさ」
生徒D「そうそう。結局それを見た人はいないわけでしょ?エビデンスがない」
生徒E「そういう空想の話で何かを説こうとしているのって、人が集団を形成したときにお互い効率的に生活しやすいようにしたかっただけでしょ?つまりそれは”道徳”という”ルール”でみんなをいいように操作しようとしただけじゃん?」
生徒F「人間に限らず動物は欲の塊なんだ。弱肉強食の世界で生きている動物は他を圧倒する”力”を持っているものが上位に立ち集団をコントロールする」
生徒G「人間は正しい清きことをすれば救われて天国へ、悪いことをすれば地獄へ。そういうルールで物事をコントロールしようとした」
生徒H「人間を創造した神は、”相手を圧倒する力”だけで集団をコントロールしようとする動物に飽きたんだろうね」
生徒I「毎回血が流れるもんなwグロくておれ無理」
生徒J「別の力で集団をコントロールできる生物は創れるだろうか?そう考えたんだろうね、きっと」
どうやら人間が創られた理由の一つは”神たちが弱肉強食のグロさに耐えられなかったから”らしい。人間創造の歴史はひどくおもしろそうだ。

生徒A「話は戻るけど、天国地獄ってさ空の上や地中にあったり、ましてや死後の世界とかでもなくて、いま目の前に存在している空気のようなものなんだ。それ自身が天国にも地獄にもなり得る」
イマジン「つまりそれはどういうことなんだ?」
生徒A「あの子にとっては天国、別の子にとっては地獄。それだけ」
生徒B「つまりつまり!天国にも地獄にも自由に行けるってことよイマジン!」
生徒C「そうそう。いま辛いなーとか思ったらそこはもう地獄なのよ。これは耐えないと!頑張んないと!って無理にそこに留まろうとするとそれはもう地獄に腰をおろしちゃってるのさ」
生徒D「いま感じている不快な気持ち、それが地獄へ導く道標になってるんだ。だから不快な気持ちを感じたなら違う方向を見て天国を探したほうがいいかもね」

学校のチャイムがなり、グラウンドで走り回っていた生徒たちは用具を片付け始めた。

生徒A「イマジン教室いこー授業潰れちゃった。免許とれなかったらイマジンのせいだわ」

グラウンドの砂埃は舞い上がり青い空を茶色で染めようともがいたが、圧倒的な空の青は強者としてそこに佇み舞い上がったそれは力なく己の居場所に舞い戻っていった。


砂が口に入った、不快だ。




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