失恋記念日-坂の上のパスタ屋さん-

#小説 #失恋 #虹 #失恋記念日

彼女と初めて2人きりで食事をしたのは、就職が決まり4月からお互い新生活が始まる少し前の3月の夜だった。

中学でクラスメイトになり高校はバラバラで、高3の時街でばったり会った際に連絡先を交換した。
大学に入ってからも1度も会う事は無かったけれど、私のアドレス変更をきっかけに再会した。

「アドレス変更しました!再登録よろしくお願いします」
みんなに送っている風を装い彼女にもメールした。
実際のところ、中高の元クラスメイトとは疎遠になり、大学の時にできた友人と彼女、両手で数え終わる程の人にしか送らなかった。

りょうか〜い!
登録しました、
おっけ〜

律儀にメールを返してくれる大学の友人達のメールの中に彼女からの返事も混ざっているのを見つけた。
心臓が止まるかと思った。

変更メールありがとう!
すっごい久しぶりだね!
就職決まった?こっち帰ってくるの?

私と貴女の唯一の繋がりはメールアドレスだった。
その繋がりを切らせたくなくて、私はアドレス変更の連絡を入れた。
共通の友人もいない、家の住所も知らない、いつか何かの時、貴女に連絡をとれる手段を消したくなかった。
もし、貴女の連絡先が変わった時、一斉送信でも構わないから私にも連絡が入ればという小さな希望を託したメールだったのだが、その小さな希望は予想外に叶ってしまった。

本当、久しぶりだね。
私は東京で仕事をするよ!

簡潔に返事をした。
聞きたいことは沢山あったけれど、返事がもし来なかったらと考えたら怖くて、自分からは話を振れなかった。

その後も何回かメールを送りあい、春休みに初めて2人で会うことになったのだ。

当日は彼女が私の家まで車で迎えに来てくれた。
運転をしながら彼女が「どこにしようか?」と聞いてくれたのだが、久しぶりに地元に帰ってきた私は「オススメある?」と質問に質問でかえしてしまった。
「最近行ったところだとね〜パスタが美味しいお店があるよ!」という彼女の提案で行き先は坂の上にあるパスタ屋に決定した。

中高の話、大学でのお互いの授業の話、就職先の話、初めての食事ではあったが予想外に話は盛り上がり、あっという間に私が駅に行かなくてはいけない時間になっていた。

彼女に駅まで送ってもらう途中、見上げた夜空には満月があった。
地元では星や月が綺麗に見える。
空気が澄んでいること、建物が少なく夜の暗さを邪魔する明かりが少ないことが要因だろう。
綺麗な満月に見惚れていると夜空に虹が見えた。
彼女もそれに気付き「あれ虹だよね?夜にも虹って見えるんだね!初めて見た!」とはしゃいでいた。

勿論、私も夜に虹なんて見たのは初めてのことで、驚きと興奮が同時にやってきた。
調べてみると夜に現れる虹は月虹(げっこう)と言い、昼に見られる虹よりも様々な条件が揃わないと見ることが出来ない貴重なものだと分かった。

「凄く綺麗だったね。」彼女が運転をしながら呟いた。
黒髪と色の白い肌が月明かりに照らされ、いつもよりより一層彼女の美しさを際立たせた。
助手席から見た彼女があまりにも美しく、私はこんなに幸せで良いのだろうかと、なぜだか嬉しいのに悲しくなり溢れる涙を必死でこらえていた。

幸せな時間はあっという間に過ぎていく。
駅に着き、別れの挨拶。
「すっごい楽しかった。またこっち戻ってくる時は会おうね。」
「こっちこそありがとう。また会おうね。」

メールアドレスの変更から、ここまでほんの数週間。
私はあの時、貴女にメールを送ってくれた過去の自分にお礼を言った。

小学生から高校生まで通信簿に「もっと物事に積極的になりましょう」と書かれ続けた私だが、あの時の私が一歩踏み出してくれたおかげで濃密すぎる時間を過ごすことが出来た。

あの日、貴女に彼氏がいること、それは中学の頃から付き合いで、私も知っている同級生だということ。
その事実を知ったけれど、会ったことに後悔はなかった。
私が男だったらきっと、あの日貴女には会えなかっただろう。
同性だったからこそ、あの日の夜、助手席で月明かりに照らされた貴女を見ることが出来た。

まだ少し肌寒く、でもそのおかげでとても澄んだ夜空に現れた、奇跡の虹と貴女の横顔。
この日を超える景色を私はまだ見たことがない。

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