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ちいさな物語

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2023年7月の記事一覧

【ピリカ文庫】 箱入り娘

チョコレートにお団子、クッキーにシュークリーム…。甘党たちが日々甘さを求めて集うのは、とある会社の休憩室。けれどそんな賑わいをよそに、テーブルの上にはただじっと向き合うふたりの姿がある。 「え!知らないの!?」 「あ、はい。ごめんなさい…」 話しているのは人気洋菓子「ドーナツ」と人気和菓子「黒豆大福」で、大福の名は「お豆」という。 「まさかこの僕を知らないなんて…」 青ざめたドーナツがもう一度、問う。 「あのさ、本当に『ドーナツ』知らないの?」 「はい。なにせ『箱入

「食べられる夜」 #シロクマ文芸部

これは僕たち夫婦にとっての合言葉みたいなもので 「食べる夜」を選ぶと「晩ご飯を作らない人」で 「食べられる夜」を選ぶと「晩ご飯を作る人」と、なる。 初めて妻からこの質問をされた時はよく意味が分からず 楽そうな感じのする「食べる夜」を選んだ。 すると妻は「はいよ~」とにっこり笑って 鼻歌を歌いながら夜ご飯の準備を始めたのだった。 それからというもの、時々妻からこの質問をされるようになった。 しばらくは僕もその質問には決まって「食べる夜」を選んでいたのだが 妻があまりに楽しそ

迷子の迷子の 【#シロクマ文芸部 】

「消えた鍵」とは、恐らく僕のことなのでしょう。 僕のご主人様は突然、僕の前からいなくなってしまいました。 いや、ご主人様からするといなくなったのは僕の方… なのでしょうね。 ご主人様は道端に僕を落としていってしまったのです。 すぐに大声で呼びましたが、僕の声は届きません。 追いかけようとしましたが、それも無理な話です。 僕はご主人様と離れ離れになってしまいました。 ご主人様には僕がいないとダメなんです。 すごくすごく困るんです。 だって、お家に入れませんから。 けれど僕に

やさしい声 【#シロクマ文芸部 】

私の日。 ついに「私の日」がやって来た。 私の新たな出発の日。 ここで随分のんびりさせてもらっちゃった。 居心地がよくて本当はもっとここにいたいくらいだけど でもそれもすべて今日で終わり。 早く会いたいって毎日やさしい声をかけられて さすがの私も根負け。 でも本当は私、外の世界がすごくこわい。 ここからは何も見えないし外のことなんて何も知らない。 正直にいえばずっとこのあたたかな場所で 安心して暮らしていたい。 でもね、それでも思うの。 このやさしい声の主に会いたい

パトロール 【#シロクマ文芸部 】

街クジラはいつも願っています。 「今日も街が平和でありますように」 街クジラはこの街でパトロールのお仕事をしています。 毎日空を泳ぎながら街全体を眺めます。 街クジラはこの街が大好きです。 街は今日も変わらず平和です。 大きな街クジラは一日中、空をゆっくり回ります。 ですから街クジラが通るときは大きな影ができるので みんなは街クジラが上を通過するタイミングがわかります。 そして街に住む人たちはみんな その影が大好きなのです。 「本日も異常なし」 街クジラは日々こうし