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東金の願成就寺へ

今週も鎌倉殿がつらい。月曜日の憂鬱の前に、日曜8時台に憂鬱がやってくる。

さて。
少し前のことになるが、2022年4月の中旬ごろ、急激な上総介広常ロスに襲われ、東金の街を歩いてみようと思いたち、大学から30分くらい歩いて訪れた。歴史のフィールドワーク、大事だと思うので。

東金市松之郷にある願成就寺は、弘安3年(1280年)に久我台城主・北条久時が創建したものとされている。創建のことについては境内の案内板によるともうちょっと諸説あるようだ。大河ドラマに出てきたが、北条時政が伊豆にひらいた願成就院と同じ名前である。願いが成就する寺、とてもめでたい名前のお寺である。気のせいかドラマでも北条時政ら一門は「大願成就おめでとうございます」とか言ってる気がする。

久時は北条一門であるが、彼の属する赤橋流北条家というのは一族のなかでは得宗家に次ぐ高い家格の出だそうで、実際執権も出しているようだ。

本堂にお参りしたが、春の枝垂桜が見事だという。4月中旬の境内はもうすっかり緑になってしまっていたが、時期に来たらさぞ美しかったろうと思われた。ちょっと惜しいことをした。

境内。枝垂桜が名物だというがその時期を少し過ぎての訪問となった。

木下竜馬さんからは、『アジア遊学』に東金の願成就寺が出て来る論文がありましたよと教えてもらったが、まだ読めていない。

わたしは広常ロスで来て、広常の所領ってこの辺もだったのでしょう?と思いながら東金の松之郷あたりを散策してみたりしたのだが、そのことを木下さんにお伝えしたら、実は広常誅殺の後は所領は和田義盛に与えられて、和田殿がいたらしいと教えてもらった。そうなんだと興奮していたら、木下さんから意外と身近に鎌倉幕府沼はあるのですよ、と言われた。引きずり込まれ過ぎてるかもしれない(笑)
※細かい点は私の理解が間違っているかもしれず、文責は筆者にある。念のため。

そういえば帰路、遠くに勤務する大学が見えた。学生を連れて街歩きもしたいが、いつになったらできるのやら。

本部の建物が見える

他の本を買いに本屋にいったのに、すっかりはまって『NHK大河ドラマガイド 鎌倉殿の13人』を立ち読みしていたら木下さんが登場したので、そのまま買ってきてしまったよ。

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