見出し画像

わりと易しい日本語のこと

久しぶりに、語学をまじめに勉強中。いつものことだが、語学学習をやっていると、私の創造性というか妄想力が、ゴリゴリと削れていく音が聞こえてくるような気がするのだけど、その削りかすが腐葉土になって新しいものが芽生えてくるのも経験的に知っているので、いまはしばらく我慢である。


「日本語は難しい」と、日本人によってしばしば語られることがあるけれども、こと会話に限って言えば、むしろ日本語はずいぶん易しいほうに属する言語だと思う。

例えば日本語は音が少ない。日本語の母音は五つしかないが、これがタイ語なら三十二になる。そして、そのように音が少ないにもかかわらず、タイ語や中国語やビルマ語にはある声調もない。要するに、すごく発音がシンプルな言語なのだ。

実際、日本語を学ぶ外国人で、「発音が難しい」と言う人は、私の知る限りではあまりいない。逆に言えば、そのように簡単な発音の言語を母国語にしている私たちにとっては、他言語の発音は難しく感じられることが多いということで、日本人が外国語を学ぶ時に会話や発音に苦労するというのも当然のことだろうと思う。

文法について言っても、動詞や形容詞などの用言は活用するが、印欧語ほどの面倒な格変化は見られない。「いっぽん、にほん、さんぼん」などの特殊な語法が難しいとよく言われるが、その程度の「覚えるしかないこと」であれば、どの言語を学習する際にもあることだ。

そのように、文法について言っても発音について言っても、日本語は基本的にはシンプルな言語だから、日本に滞在している外国人は、たいていすぐに日本語の会話が上手になる。例えば、ミャンマー人の、とくに女性(会話が上手になるのはやはり女性が多い)は、一年ほど日本にいると、電話などで話せばほとんど外国人だとはわからないほどの日本語を使うようになる。ビルマ語話者の場合、日本語とは文法がよく似ているから習得が容易だということはもちろんあるのだが、やはり彼女たちも、日本語の会話に関しては、さほどに難しいとは感じていないことが多いようである。

他方、書くほうに関して言えば、これはたしかに少々難しいかもしれない。日本語は、ひらがなとカタカナという表音文字に加えて、漢字という中国由来の表意文字も使って、多様かつ大量の外来語を独自に「消化」した書き言葉を有しているから、これに慣熟して達意の文章を書けるようになる外国人の数は、会話の達人の数に比べれば、実際にもずいぶん少ない。「日本語は難しい」という印象を私たちに与えているのは、おそらくこの書き言葉の複雑さのほうだろう。


もちろん、どんな言語にもそれ相応の「複雑さ」や「難しさ」は存在しているのだが、その「難しさ」の中身をよく知っていくと、そこにはやはり、その言語を使用する民族特有の性質が表現されているように感じられて、たいへん興味深いものがある。そのような「構造的」なところから「人間」にアプローチすることができるのが、語学を学ぶ楽しみの一つだと思う。


※今日のおまけ写真は、ミャンマーのお茶うけ。左側のラペッ・トウッは、発酵した茶葉を食べるもので、ミャンマーの国民食の一つです。

ここから先は

0字 / 1画像

¥ 500

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?