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敢えて関係し続けること

友人の僧侶が出かけるのだけど、いつものカッピヤ(上座部僧侶の雑務を代行して手伝う人)がいないというので、代わりにタクシー代を支払うなど。こちらの僧侶は、本当に何をするにしても人に頼まなくてはならないので、全く苦労の多いことだと思う。


彼らがタクシー代を支払えないのはなぜかといえば、上座部僧侶には、「金銭に触れてはならない」という戒律があるからである。触れられないのだから、当然所持しておくこともできないし、金銭によって買い物をすることもできない。だから僧侶たちはお布施された金銭をカッピヤのところにプールしておいて、必要なものがある時は、彼らに頼んでそれを買ってもらうのである。

もちろん、ゴータマ・ブッダの時代と現代では全く社会の状況が異なるし、ゆえに生活していく上での金銭の必要性も段違いだから、現代では多くの僧侶が、普通にお金を使って買い物をしている。年齢を重ねて名声を獲得した老師であれば、いくらでも用を足してくれるカッピヤが出てくるけれども、まだ若い僧侶のうちは、そうした気軽に使い立てできるカッピヤもなかなか得られないことが多いから、これは仕方のないことである。

ただ、中には志の高い若い僧侶もいて、そういう人たちは、戒律を厳守するためになんとしてでもカッピヤを探し、そうして如法の(法に則った)生活を維持しようとする。そして、そのような志の高い僧侶に対しては、協力を申し出る人が必ず現れるのが、上座部圏の文化というものでもある。


ウ・ジョーティカ師は、かつて俗人であった頃、師匠に「自分は上座部の正式な僧侶ではなくて隠者(ヤデ、仙人)になりたい」と言ったのだが、「それはやめなさい。ぜひ僧侶になるように」と勧められたという。なぜなら、隠者というのは自分の修行だけを好きなようにしていればいい存在であるのに対し、僧侶というのは俗人の社会と必然的に関わりを持ちながら修行する存在であるからだ。

実際のところ、私もこちらに来てみて初めて知ったのだが、自分の瞑想修行だけをひたすら深めていきたいなら、上座部では僧侶として得度しないほうが便利である。僧侶になると、俗人よりも守らなければならないルールが段違いに多くなるし、また上述のように、移動や必需品の入手にも、いちいち他人の手を煩わさねばならないことになる。こうしたことは純粋に瞑想だけをやっていたい人にとっては「雑事」に属することになるから、ミャンマーの瞑想センターでは、修行が一定の段階に進むまでは、希望者に対しても、あまり出家を勧めないところが多くある。


このように、ただ瞑想修行とそれによる本人の進境だけを考えるのであれば無駄なようにも思える僧侶のルール(律)だが、これは仏教全体の維持・発展という側面から考えた場合、素晴らしい効果も同時にもっている。それはつまり、ウ・ジョーティカ師の師匠が語ったとおり、修行者を常に俗人と関わらせ、社会と切り離された存在にはしないでおく、という効果である。

いつも言うように、仏教の僧侶には労働と生殖が禁じられているし、おまけに金銭の使用も許されないのであれば、彼らは最低限の生活を維持するために、托鉢をはじめとした在家者との関わりを、必然的にもたざるを得ないことになる。

そのように、世俗と切り離された存在でありながら、同時に俗人たちとの関係は絶たずにいることによって、僧侶は俗人と相互に影響を与えあうことになり、後者が前者の生活を支えることによって、前者が後者を教化するという、宗教にとっては理想的な聖俗の関係が、必然的に維持されることになった。

その結果として、僧侶たちは労働と生殖から離れてひたすら瞑想修行を実践するという「異常」な生活をしながらも、その思想をむやみに過激化させることはなく、また常に俗人の生活を身近に観察し続けることによって、大乗のようなさらなる思想的な発展も、おそらくは生み出されることになった。


こうした仕組みが現在でも生きた伝統として維持されている上座部圏で生活していると、一見、非合理に見えるシステムにも、全体としてはそれなりの合理性があることがわかってきて、そこはさすがに二千五百年のあいだ生き残ってきた宗教であるなあと感嘆させられる。

昨日のエントリで述べたとおり、このようなシステムを現代日本にそのまま移入することはたいへん難しいと私は思うが、ただ、そこにある内在的な論理を知ることで私たちが学べることは、やはりたくさんあるのではないかと思う。



※今日のおまけ写真は、タイのワット・アルン(暁の寺)からの眺め。有名な観光スポットなので、行かれたことのある方も多いかと思いますが。

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