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「修正」込みで魅力的

昨日のエントリに、「仏教のスタンダードを修正する必要なんてあるんですか?」という質問をもらったので、少し補足説明。もちろん、これは人により場合による話であって、「私はゴータマ・ブッダの仏教から一ミリも修正する必要を認めない」という人もいるだろうし、それはそれでよいと思う。

ただ、現状の仏教の多様性が端的に示しているように、「ゴータマ・ブッダの元々の仏教」は、時代や地域や人々の事情に合わせて、様々な変容を被ってきたことも事実である。もちろん、それだって「仏教」の一つの形ではあるわけだが、開祖の説いた教えと比較して考えてみた場合、それらが何ほどかの「修正」を経ていることを、否定するのは難しいだろうと私は思う。

例えば、わかりやすいのは浄土教の例である。仏教の基本は先日の記事でも述べたとおり「戒定慧(戒律・禅定・智慧)」の三学だが、これは要するに戒律を守って落ち着いた生活をし、そうして禅定で精神の集中力を高めると、仏教的な真理の智慧が発現するということであって、いわゆる「自力」の道(聖道門)である。

この「自力」の道は、資質と環境が許す場合に実践すれば素晴らしい結果をもたらすが、それが備わっていない場合には実践することが不可能で、聞く人には絶望しかもたらさない教えでもある。例えば、現代日本でブラック企業に勤めている人には、(嘘をつかない、酒を飲まないといった)戒律を完全に守ることが難しい場合もあるだろうし、毎日瞑想して禅定を身につけることも不可能なことが多いだろう。そういう人たちは古代からどこの地域にも必ず存在していた(というか、そちらのほうが多数派だった)から、そうした人たちに対しては、「聖道門」とは別の教えが必要になるわけである。

そこで「大乗」の中には、浄土経典を新たに制作(創作)して、「聖道門」に代わる「浄土門」の教えを宣揚する人々が現れた。「浄土」というのは「清らかな世界」ということで、「汚れた世界」である「穢土」の対義語である。つまり、この世界は穢土であるので、普通に「自力」で悟るのは無理だから、この穢土を厭い離れて来世に浄土を求め(厭離穢土・欣求浄土)、そこで成仏することを目指しましょう、というわけだ。

よく知られているように、この「浄土門」の教えは、平安以降、とくに戦国時代の日本人に、強い説得力をもった。例えば、武士などは人を殺傷することが仕事であるから、今生で「聖道門」を実践することはとてもできない。そんな彼らにとって、この穢土で人を殺傷しながら生きざるを得ない身が、それでも来世に浄土において救われるという教えは、たいへん魅力的だったわけである。
(もう少し丁寧に論ずるべき事情も色々とあるが、ここでは記事の性質上、
かなり話を端折って書いています。)

こうした「浄土門」の教えは、例えばゴータマ・ブッダは阿弥陀仏について説いてはいない以上、開祖の説を何ほどか「修正」したものであることは、やはり争えない事実であると思う。

もちろん、常々述べているように、私は「正しい仏教」とか「本当の仏教」なるものが一義的に確定できる、という立場はとらないから、上の浄土教やその他の大乗経典に基づいた「仏説」が、「実は仏教ではないのだ」などと言うつもりは全くない。

大乗経典の制作者たちの視点からすれば、ゴータマ・ブッダの真意を歪めた実践を行っていたのは、むしろ同時代の他の仏教徒たちなのであって、だから彼らは「これこそが本当のブッダの教えだ」ということを伝えるために、新しい経典を敢えて創作することもしたのである。つまり、彼らの主観からすれば、「本当の仏教」を説いているのは自分たちのほうなのであり、またその主張を受け入れて信奉する人が大量に存在してきたという歴史的事実もある以上、それを「仏教史」の一側面として考えるのは、公平かつ妥当なことであると私は思う。

ただ、宗門の外にいる人間としては、各セクトによる「これこそがブッダの本当の教えだ」という主張を、額面どおりに受け取るわけにもまたいかない。既述のように、「大乗」の教説の中には、少なくともテキストから知られるゴータマ・ブッダの教説とは、乖離しているところも多くあるのは事実である。私が言っているのは、それは時代や地域や政治的事情などの求めるところに合わせたゴータマ・ブッダの説の「修正」であろうが、そのことを一義的にネガティブに捉える必要は、決してないということだ。

二千五百年前のインドで唱えられた教説が、別の時代や地域に適用されるには、相応の「修正」が必要とされるというのは、むしろ当然のことだと私は思う。前回の記事で述べたのは、その「修正」をネガティブに捉えるあまりダブルスタンダードに陥ったり、あるいは実際には「修正」を行っているのにそれをしていないと言い張ったりすることは、どちらにしても不毛なのではないかということである。


※今日のおまけ写真はヤンゴンの野良ヤギ。ツイッターのほうには茶色ヤギを貼りましたので、こちらは黒ヤギさんになります( ´ ▽ ` )

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