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異世界妹。電子と紙で出版社が違う理由

こんにちは、漫画家の根田啓史です。

独立系(インデペンデント系)漫画家という言葉を見かけるようになってきました。

作家活動の出発点を、雑誌デビューではなく自費出版にする人たちを指すと解釈しています。電子媒体とインターネットの普及によって、個人単位でそれができるようになってきました。

僕も二年ほど前から、Webプラットフォームを利用して、漫画の個人連載と自費出版を出発点として作家活動をしています。

この度、その活動の結果の一つとして「異世界行ったら、すでに妹が魔王として君臨していた話。」という漫画を、KADOKAWAさまより単行本化して頂きました。

実はこの漫画、「電子版」と「紙版」で出版社が違います。

紛らわしいので、電子版は【電子版】としてタイトルにつけています。

僕はこのかたちが、一つの独立系の定型になっていくと考えていて、
なぜこんなやり方をしているのか、その構造や経緯、メリットなどについて今回は書かせて頂こうと思います。

☆「電子版」「紙版」の出版に至った経緯が違う

まずは「電子版」について、

出版社はナンバーナインという会社です。

彼らはデジタルコミックエージェンシーを掲げていて、漫画に関する仕事を多岐にわたって請け負ってくれているのですが、

自分は、販売代行とプロデュースの部分を委託させて頂いています。

電子書籍のフォーマットは各プラットフォームによって違っていて、ストア数も沢山あるので、出品作業を全て個人でやるとなると結構な手間になるのですが、160あまりのwebプラットフォームへの出品をナンバーナインは代行してくれています(一般的には個人の場合、自分でマネージャーを雇ったり、出店数を絞ったりして対応しています)。

また、ナンバーナインにプロデュースを委託することで、出品した漫画のセールなどの販売促進を各プラットフォームに提案してもらったり、コラボレーションやコンテンツ化に関する企画や営業を各企業にかけてもらったりしています。

その代わり、IP(知的財産)の一部をナンバーナインとシェアしていて、電子書籍はナンバーナインから出版という形で販売に至りました。

(自分の場合はナンバーナインから原稿料を頂いていて、IPも共有しているので、一般的な出版社と作家の関係と一見変わらないのですが、細かい部分で違っていて、あくまで自分は「独立系」という位置づけでやっています。そこの細かい違いについては、いずれ別の機会に記事にしたいと思います。過去の記事でも少しずつ触れているので、読んでいただけると嬉しいです。完全個人でナンバーナインに委託する場合は、代行手数料のみでIPは全て作家に帰属します。)

そして「紙版」について、

こちらはKADOKAWAさんから出版して頂いています。

こちらに関しては、先ほど触れたナンバーナインに委託しているプロデュース業の一環として出版に至りました。

KADOKAWAさんには、本文の原稿料を頂かない代わりに、紙媒体の出版権だけお渡ししていて、著作権などのIPに関しては、基本的に僕とナンバーナインが権利を持ったままになっています。

なぜこんな形をとっているかというと、
一般的には、「出版=電子・紙同時発売=出版社と著者の著作権の共有」が成り立つと思うのですが、僕は電子書籍と紙書籍を全く別の媒体と見ていて、紙書籍の発売はアニメ化やグッズ化などと同じように、コンテンツ化の選択肢の一つであると考えているからです。

だから、ちょっと紛らわしいのですが、出版社がアニメスタジオに漫画原作のアニメ化を委託するのと同じように、
電子版はナンバーナインから、
紙版はKADOKAWAから、
出版させていただくという状況が生まれました。


☆紙と電子の出版社を分けるメリット


・コストとリスクの再整理

紙の書籍を出版するのには、膨大なコストが掛かります。
昔はコストの面から見ても「雑誌→単行本→書店」が最大効率だったのですが、電子媒体とインターネットの普及によって、そこに掛かるコストが気になるようになってきました。

書店が減る一方で、書籍の種類は増え、それでいて書籍流通に関する技術革新は鈍ってきているので、一冊当たりの流通に掛かるコストが上がっています(たぶん)。

出版社は、大ヒット漫画の売上で他の売れなかった漫画や業界全体のコストを回収していますが、
上の理由でそこの収支のバランスが変化してきている事、
また、電子媒体やインターネットを使った別の流通の選択肢が生まれた事で、
改めてそこを見直すべき、というのが僕の立場です。

電子書籍の作成と電書ストア出品に掛かるコストは、乱暴に言えばサーバー代とストアの運営費くらいのものです。
紙代、印刷代、輸送費、倉庫代、取次・書店への手数料、間における全ての人件費が掛かる紙書籍と比べたら、一目瞭然にコストが低いです。

その二つを明確に切り離すことで、業界に新しいポジションを作れたらと考えています。

多くの出版社は今、一蓮托生でやってきた取次や印刷所、書店をかばいながら、原稿料などの様々なリスクをとって新規企画を立て、かつ出遅れたwebプラットフォームへの投資・開発もしなければならない板挟みの状況にあります。

そこで、その新規企画やwebへのポジション取りに掛かるコストを、電子書籍専門の出版社や個人が引き受けることで、ニッチな作品や尖った作品、様々な作家の活躍の場を狭めることなく、各出版社にとっても経済的に優位な作用をしていくだろうと思っています。


・紙書籍と電子書籍は商品価値がそもそも違う

紙書籍と電子書籍は全く体験の違う媒体です。

実際に触れてみれば実感として違うのに、これまでなぜか同じものとして扱われてきました。

透過光と反射光で脳の活動範囲が違うという説があります。
つまり、紙媒体と電子媒体では生理学的知見からも体験が違っているかもしれないということです(ただ調べた範囲ではこの説、出典が全部一緒だったので、眉唾かもしれません…)。

他にも、
例えば、電子媒体はカラーとモノクロでの出版に掛かるコストの違いがないです。
一方で、見開きやめくりの緊張感は現状、紙媒体でしか味わえません。飛ばし読みや、伏線を見直したいときの逆戻りも紙媒体の方が感覚的に行えます。
紙の本を手に取った時の質感やにおい、カバーを取った時に現れる隠されたオマケ、金や銀、蛍光色など、現物でしか出せない色もあります。

僕は電子書籍版の方はカラーページを増やしたりしていますし、
紙書籍版の方は、手にとってわかる驚きを増やしたり、カラーページをモノクロで仕上げなおしたりしています。

カバーも、電書ストアで目を引くものと実書店で目を引くものとで、デザインを全く変えています。

そして、それを全く違う値段で出しています。
電子書籍版は250円、紙書籍版は750円です(収録内容も違いますが…)。
これは、紙書籍と電子書籍を同じ解釈にしていると、法律的にできない施策です(知的財産保護の観点については、また別の議論が必要になってくるのですが、そこに関する僕の立場は別の機会に…)。

大げさに言えば、イラストとフィギュアくらい違うと思っているので、その違いを強調する意味でも、版元が違うというのは意味があると考えているということです。


・販路の拡大

webの世界とリアルの世界では流通の理屈も、要衝も全く違います。

それなら、双方を双方に詳しい人たちに任せるべきだというのが僕の考えです。

デジタルコミックエージェンシーのナンバーナインはweb上でのブランド作りにとても詳しいです。
スタートアップ企業なので、その実績は作品を作っている僕らが積み上げていかなければならないのですが、一緒に仕事をしていて、本当に頼もしく感じる場面が多いです(具体的な施策などは、今後も記事にしていきますし、僕や僕の周りの作家さんたちの活動を追っていれば体感できると思います)。

一方で、全国の書店への販路は、これまで先人たちが積み上げてきたネットワークに敵うものはありません。しかも、そこは現在インターネットからはリーチしようのないチャンスが沢山あります。

わざわざそこに新たな競合を仕掛けるよりも、元々持っている得意な部分を分担して合算できる仕組みを作った方が、作品にとっても、ひいては両者にとっても経済的な効果が大きいだろうと考えています。


以上が、今回電子版と紙版の出版社が違っている理由と僕が考えるメリットです。

☆多様化する出版社と作家の関係性

ナンバーナインの仕事に自分が影響を与えたかどうかは分かりませんが、少なくとも同時期に同じ思想を持っていたことで、今のような答えにたどり着くことになったのはあると思います。

とはいえ、これもまだ最適解かどうかは分かりませんし、他にも様々な取り組みをされている作家さんは沢山いらっしゃいます。

出版やIPに対する考え方で、自分の視野の範囲内ですが、気になっている方を何人か挙げさせてもらって、この記事をしめたいと思います。

・飯田ぽち先生

個人的にはこの分野の先駆者かつ最強の座組だと思っています。

ご本人に直接聞いたわけではないので、正確な情報ではないかもしれないのですが、
ぽち先生はたぶん商業連載にあたって著作権に関して独自の契約をされていて、KADOKAWAの商業誌で連載した設定やキャラクターで、同時に成人向けの同人誌を自費出版で展開されています。

すごすぎます。。。

・矢野トシノリ先生


矢野先生もこの分野で、かなり早い段階から自分で座組を組んでいらっしゃるのですが、

矢野先生の場合は、先に完全個人でTwitterやイベントでオリジナル漫画を展開されていて、そこでも紙版を自費出版されているのですが、そこからさらに商業出版社(一迅社)に「商業版」として、全国一般書店に展開する目的で、総集編のような形で紙書籍の出版を委託されています。

・藤井おでこ先生


おでこ先生のケースもご本人に確認していないので、不正確な部分があるかもしれないのですが、
Twitterやpixivなどで展開されていたオリジナル企画を、笑うメディアクレイジー上で専属連載されて、そこからKADOKAWAレーベルから委託出版、(たぶん)KADOKAWAが中心になって組んだ製作委員会からアニメ化までされています(間違ってたらすみません)。

おそらく、メディアクレイジーから原稿料をもらい、KADOKAWAから書籍の印税や原作使用料をもらう方法なのだろうと思います…。原作使用料をメディアクレイジーと折半しているかは、聞いてみないと分かりません。

・此ノ木よしる先生


よしる先生についても、実際に取材したわけではないので、正確な情報ではないかもしれませんが紹介させていただきます(こんなんばっかですみません)。

よしる先生の場合は、商業連載(白泉社)されていながら、プロデュースを出版社ではなく、ご自分のチーム主導で展開されています。いつも、かなり先進的な施策をとっていてすごいです。

客観的に見ていて、自己プロデュースのコンテンツへの貢献度が半端ないので、著作権に関して一般的な料率契約では僕は納得いかないのですが、どうなんでしょうか…今度聞いてみたいと思います。。。


他にも色んなかたちで自分なりのポジションをとっている作家さんが沢山いらっしゃいます。

こうやって見てみると、KADOKAWAは割と革新的なスタンスなんでしょうか…あまり直接お話したことがないので分かりませんが。。。


いずれにしても、漫画家にとって活動の選択肢は広がっていて、自分に合った生存戦略を探していくことが一番大切だと思っていますし、その選択肢を広げるきっかけに、自分もなれたらいいなぁと思っています。


長々とお読みいただきありがとうございました。

一応最後にもっかい作品の宣伝…。良ければ読んでみてください!!
それではまた次の記事で。


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