ここに来て。わたしと眠って。
雨の夜。
たった今、雨が降り出した。
コツコツと音がする。
ほんの数時間前から、降る気はしていた。
こういう時は身体が重く怠く、乗り物酔いの様にぐるぐるしてしまう。
仕事の日はまだ気力で乗り切れる事も多いが、休みの日は緊張の糸が切れるからか、それとも反動からか、こうなってしまうと何にも手につかなくなるので、時を過ぎ去るのを待つしかなくずっと転がっている。
気のせいかも、気の持ち様かも、なんて思ったが、これが確実に降るのだ。
今みたいに低気圧が不調を招くなんて、誰も気にしない子ども時代。
昔から三半規管が弱く、乗り物酔いは確実にするので、遠出はいつも楽しみだったけど、怖かった。
そのせいで、楽しみと楽しめるかなの気持ちの狭間で緊張して、どこかへ行く前夜は寝付けない事が多く、それが原因で良くない方向へ転がってしまうのが常だった。
迷惑かけてしまうかも知れないと思うと余計に眠れなかった。
その点家にいると安心。
元々よく眠る子であったし、布団大好きな人間なので、その中はとても安心した。
身体に全てすっぽり布団を覆いかぶせて目を瞑る。
なにやらゴソゴソと入口あたりから音がする。
薄ら目を開けてみると、暗闇の中に何かが入ってきている。
猫の頭だ。
あの小さな頭からは考えられない力強さで、猫はぐんぐん頭を押し込みながら、少し上に押し上げるようにして入ってきてるのだ。
手をトンネルの様にし入口を作ってあげると、小さな足音を微かにたてながら中へ入り、ドサリと寝転ぶ。
猫の柔らかい身体や毛が顔に当たる。
固い髭が少しこそばゆい。
猫の毛は暖かい場所に入ると、いつもよりしんなり艶々してビロードの様に柔らかくなる。
そしてその柔らかい毛や身体を触っていると、すぐに眠気がやってきて、猫も私もタイムスリープしてしまう。
私は猫とよく眠った。
猫は私たちをよく見ていた。
聞いていたのかもしれない。
声を押し殺して泣いてる夜も、やれやれという感じで猫は布団の中へ入ってきた。
ドサリと前に横たえる猫の身体に、涙がかからない様に上を向いて寝ていたら、急に馬鹿馬鹿しくなり、そのうち眠りについた。
何かが急に良くなる訳ではない。
でも私と一緒にいてくれる存在がいる。
それが私をとても安心させた。
悲しい日も、ダメな日も、嫌なやつな日も、上手くいかない日も、別にそんなダメさを猫は何にも思っていない。
そのまんまの私といてくれるのだ。
子どもの頃、寝る前によく本を読んだ。
それは幸福な時間だった。
そして電気を消せば猫がくる。
素敵な時間だ。
最初は妹と猫を取り合っていたが、そんな事をすると猫はすぐどこかへ行ってしまうので、ジッと我慢。
大抵、猫は子どもの様子見だけして、母が亡くなるまでは母と一緒に寝ていた。
(母はおそらく猫アレルギーだった為、猫を可愛がっていたが、眠る時はごめんね。と、部屋をしっかり閉め切っていた。しかし猫は熱い情熱と愛を持って毎日布団に潜り込むのだ)
それでも子どもたちに何かあれば、彼は布団をゆっくり踏みしめ、やれやれと布団の中へ入ってきた。
ぽそぽそと布団を踏む音がする日もあれば、急に現れる日もあった。
風邪の日や、早退した日は必ず一緒に寝てくれた。
そんな時は、ここは雪山。嵐の夜。この穴蔵は絶対安全安心セーフなんだ。などと野生の動物ごっこを勝手に想像していた。
時には読んだ本の世界へ潜り込む事もあった。
一人と1匹で沢山の色んな世界を遊んだ。
歳を随分重ねて、猫はあまり炬燵から出てこなくなり、だれかと一緒に眠るのも体力的にきつくなったのか1匹で寝ることが増えた。
高熱を出してうなされていたある冬の夜。
どんよりと暗い底を浮いたり沈んだりしていると、ドサリと音がする。
目を開けて布団の中から顔を出すと、そこには猫が丸くなり寝ていた。
布団の中には入らず、私の頭ら辺で丸くなっている。
とても寒い夜だったから、慌てて猫に何度も布団を掛けたが、次に目を覚ました時には、猫の位置は変わらずそこにあり、安心しつつも、必ず布団からはみ出している彼は、恐らく寒かっただろうに、ずっと傍にいてくれた。
猫は妹が肺炎になった時もずっと傍を離れなかった。
そして妹が肺炎が治った日に、猫は立てなくなった。
『本当にこの子さっきまで歩いてたの?』と獣医さんに驚かれた。
それから何日か経って猫は亡くなった。
彼は沢山の事を教えてくれた。
子ども時代から大人になるまで。
生きること、夢見ることの美しさ。
ダメな私でも、なんとも思わない真っ直ぐさや優しさを。
なので、たまに思ってしまうのだ。
また一緒に眠りたい。
雨降る夜は。
特に。
ここに来て。わたしと眠って。と。
しかし、彼はもういないので、仕方なく一人で眠る。
彼の優しさを胸に抱いて。
愛してるよ。ずっと。
君を愛してる。
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