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何匹、見送っても悲しみに慣れることなんてない。悲しみを背負いながら、見送れたことを誇りに思うことにしてる。

ネコリパブリックでは、様々な事情の猫たちを直接保護しており、保護当時にすでに持病があったりする子も少なからずいる。

そういった子たちは、全力で治療をしますが、力及ばすネコリパで最期を迎える子が多い。

最近、立て続けにシェルターにいた子たちを見送ることが続いた。

ここ3年は、保健所に持ち込まれた殺処分対象になってしまう猫たちを直接レスキューしている。

殺処分対象になる猫は、やはり何かしら疾患がある子が多い。

怪我をしている
病気がある
高齢
攻撃性がある

などの子は、殺処分対象。

そんな、死に直面しているところから、レスキューし、幸せにしてあげたいとお世話をするけど、新しい家族との出会いを果たさぬまま、虹の橋に渡る子たちがいる。

結局は救えることができなかった子たち。

すごくドライに見たら、半年、1年だけ命の期限が伸びただけ。。

でも、私たちがやってることは、無駄なことなんかじゃないって信じている。


その子たちの猫生が、最期、誰からも看取られることなく、誰からも悲しまれることなく終わるのではなく、

名前を呼ばれ
かわいいね、
大好きだよって言われ、
一生懸命、治療してもらって
心配されて
最期を迎えて、いっぱいの人に悲しまれ、泣かれ、たくさんのお花に囲まれて見送られる。

そんな見送り方は、私たちの自己満足なのかもしれませんが、その子達にとっても、最期、そんなに悪くない猫生だったなって思ってもらえているんじゃないかって信じてるんだ。



ネコリパにご縁があってやってきてくれたことを、1匹、1匹に感謝しながら。。

ここ2.3ヶ月、ネコリパにいた、たくさんの子たちが、闘病の末、虹の橋を渡っていった。

リンパ腫
腎臓病
心臓病
老衰

さまざまな理由で。。。

何度も見送っているうちに、感情なんてなくなって、慣れていくんじゃないか、、と思うこともあるけど、やっぱり、愛する猫たちを見送るときに、悲しみに慣れることなんてないって実感するのだ。

都度、都度、元気だった姿を思い出し、もっとこうしてあげたら良かったんじゃないかとか、もっとそばにいてあげたら良かったとか、後悔をしながら悲しみに胸が張り裂けそうになる。

これからも、何百匹見送ることになってもこの気持ちは決して枯れることがないと思う。

でも、最近、深い悲しみと後悔を引きずりながら、その子の最期を見送れたことに
誇りを持てるようになってきた。

それは、スタッフ、ボランティアさんみんなで、その子を愛し抜いたという事実があるから。

見送った子たちが、ネコリパに来てくれたことには絶対に意味がある。
きっと、選んできてくれた。
これからもきっと、たくさんの子たちを見送ることになるだろう。

そして、その度に深い悲しみと後悔に身体中が包まれながら、その後を見送れた安心感と誇りをもって、次の救わなければいけない命に向き合っていけたらいいなと思う。

入ったばかりのスタッフや、ボランティアさんさ心折れてしまうこともあると思う。

心折れるのは当たり前。
だってそれだけ愛情を注いだんだもの。

だから、悲しみと後悔はなくなることはないし、乗り越えられることもないし、慣れることなんてない。

その感情と一緒に、誇りを持ってもらえるようになるといいなと、思っています。

たくさんの命と向き合う私たち。

強くなる必要はない。
弱いまま、一歩ずつゆっくり前に進めばよい。

もっとたくさんの救わなきゃいけない、幸せにしなきゃいけない命のために。。。





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