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⑨副業と本業

発達障害疑いの後輩が入社してきて、数か月ごとに面談をしていた。たいていはミスが発生した際に、業務の改善指導と励ましを行う内容だった。

彼の趣味はボクシングだった。自分の住んでいた場所の近くのジムに通っていたというのが最初の会話だったと思う。最初のころはボクシングを習っているんだろうと思っていたが、面談をするにつれ「教える側」であることが分かってきた。

「会社に入ってネコ路地さんに指導を受けることで、トレーナーとして積極的になり、先輩トレーナーから「お客さん感」が抜けてきたと褒められたんですよ。」彼はある日そう言った。その頃の自分は、深く考えずにうれしく聞いた。このころはまだ平和だった。

よくよく考えると入社直後から彼はトレーナーとして副業をしていたように思う。飲み会やジムに行く予定があると言って残業を断られることが度々あったからだ。残業といっても7時ぐらいには終わるのでちょっと残業してくれと思っていたが、後輩の勤務感覚が派遣社員的なのだろうと思って深く理由を聞くことはしなかった。
今にして思えば副業だったと思う。会社で副業は禁じられていたが、「ジムに行くので残業できない」=「ジムで教えている」とは思っていなかった。もしそうだとしても、自分としてはやることをきちんとやってくれれば目をつぶってもいいやとぼんやりと思っていた。それが大人というものだろうし。誰しも残業できない日はあるだろう程度に思っていた。

後輩が入社して3年目、上司がパワハラで去り、補充がなく人員が少ない中、複数の大きなプロジェクトがチームに発生していた。日々残業が当たり前になっていた。自分は時短を取っていたが、毎日1時間程度は残業をし、土日の午前中は仕事に充てていた。

そんな年度末の納品間近の時期でさえも、後輩は定時で帰る日が定期的にあった。また、年度末に後輩はボクシングトレーナーの資格を取得するために5日間の海外旅行のための休みを取っていたが、旅行2週間目前になって彼の業務が遅れていた。私も進捗管理を手伝っていたが、自分も手一杯で彼の遅れた仕事をカバーしてあげられる状況ではなかった。発病する半年前だった。

「今日中にここまでやってくださいという意味は、ここまでが終わるまで帰らないでという意味です。」

「今週中にここまで終わらせてください。そうでないと来週の後輩さんの休暇は難しいです。」

ここまで言わないと後輩は帰っていった。言っても私が席を外している間に黙って帰ることも度重なった。上司に相談したが、「ネコ路地さんが彼の残業を命じていいんだからね。」と言われただけだった。「残業をお願いしても、私のいうこと聞かずに帰っちゃうんです」と上司に言うと、「後輩さんに話をしておくよ」とのことだった。そのあとも後輩は残業を断る回数が減ったが、それでもまだ定時で帰ることがあった。入社してもうすぐ4年になろうとしているのに、当事者意識がなさすぎる。

おかしい。何かがおかしいと思っていたが、その後彼のことを調べる時間も取れないぐらいに忙しくなり、発病に至った。

発病後、私は彼の業務がうまく回っていなかった事について上司に改めて報告し、他のプロジェクトと重なって自分の発病の原因になったことを説明した。後輩のプロジェクトの遅れについて、残業を断られ続けたのはおそらく彼の副業だっだのではないかと。

そこで初めて彼の副業状況についてGoogleで調べてみた。すると格闘技系のジムでオンライントレーニングや定期的なクラス、自治体主催の健康センターでの50人規模のレッスンなど、複数のクラスを持っていることが分かった。ジムのインストラクターとして地元のケーブルテレビの取材をうけている動画もYouTubeに掲載されていた。

副業の証拠としてスクリーンショットを取り、会社に提出したが、会社の答えは「本人は否定しており、副業には当たらない」とのことだった。

え?

後輩先生のレッスン振替のお知らせがホームページに残っているんですが。後輩先生がYouTubeでクラスのレッスン料を提示しているのですが。
後輩先生は複数の自治体でクラスを開催しており、参加するには費用を取る形式で、講師には謝礼が支払われるのですが…。どこをどう見れば副業に当たらないのだろう。

私が証拠として提出した、彼の雄姿で飾られたホームページはたちまち消された。証拠を複数回に分けて提出したので、自治体のホームページ、最後のほうに提出した格闘技ジムのページを宣伝するブログや、YouTubeのPR動画は消されずに今でもネットに残っている。総務部部長から見ると、格闘技ジムを宣伝して、クラスの内容を示して、金額や実施日時を示していても本人が否定していれば副業ではないらしい。

さらに、私が相談していた上司によると、私の発病の原因は、私の弱さであり、時短を取らざるを得ない子育て中の女性であるためであるらしい。さらに、後輩は発達障害ではなく副業もしていない。私の指導力が足りなかったので後輩が能力が発揮できなかったため、業務が回らなかったのだろう。そういう結論を会社は用意していた。

地獄だと思った。



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