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家系について

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一族の始祖・岡崎市に在る八柱神社を建立した鈴木甚四郎重辰の先祖・子孫のまとめです。
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#系譜

先祖を振り返る④ 鈴木重辰と現)八柱神社の建立

はじめに 予想より早くに重辰が『八柱神社』を建立まで辿り着いた。 本来は書きたかったことを大幅に端折ったからだと思われる。 兄弟口論の末に、重辰がどのような理由や伝手を介して桜井村(現:愛知県安城市)から欠村(現:愛知県岡崎市欠町)に来たのか、また、八柱神社を築いたのかを記したい。 桜井村から欠村に移住したわけとは 重辰が同じ三河の国とはいえ桜井村から欠村に移住したのは何故か。 私が所持しているiPadのマップで調べてみたが、現在の整備された道路を歩み11㎞の道のり。

重辰の先祖を振り返る②(南北朝~重辰の父の世代:戦国時代)

追記: 誤記ありー2023年10月3日 はじめに詳細は江戸時代*1までの系譜を書いた記事をご覧いただきたい。 補足  *1 正確には武士をしていた先祖:~江戸時代初期 1636年に原本が記載された系譜) お急ぎの方は下記系譜をご覧いただければ幸いだ。 今回追っていく時代今回は鎌倉時代一部(詳細な記載がないため、この記述となる)~戦国時代(1500年代前半)までの系譜を辿る。 具体的には系譜の『純之』から『重則』を辿る。 しかし、『純之』から『重光』まで。時代で言