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ソートリーダーシップの実践事例【Vol.1】バイオミミクリー

ビジネスの世界では古今東西、様々な創造的取り組みが為されてきました。後から振り返ると、それはソートリーダーシップ(Thought Leadership、TL)の実践的な教材、ケーススタディといえるものも少なくありません。

様々なケーススタディを、ビジネスの潮流や市場の拡大などの実績から俯瞰的に見つめなおし、学ぶべきところを見つけ出す。現在進行形でソートリーダーシップを企画、推進する読者のみなさんのヒントにならないか。こうした思いを込め、ソートリーダーシップのケーススタディを、ビジネスの潮流から読み解いていきます。


「バイオミミクリー」とは何か?


第一回目のケーススタディは、技術概念と社会課題解決の交差点に、ソートリーダーシップの中核となるソートの源泉を生み出し、社会に広く活用される概念となったバイオミミクリーの事例を紹介します。

バイオミミクリー(生物模倣)とは、自然界の仕組みから学んだことを技術開発に活かすことをいいます。生物を意味する「Bio」と模倣を意味する「Mimicry」を合体させた言葉です。

古くは1950年代から研究が進められていた技術概念バイオミメティクスbiomimeticsを発展的に解釈し、環境問題の解決や生態系の保全など、現代の社会課題の解決に結びつける形で再定義した派生語、考え方です。厳密にはバイオミメティクスとバイオミミクリーは異なる概念ですが、現在のビジネスシーンではほぼ同義で語られています。よって本コラムでは単に「バイオミミクリー」として紹介します。

バイオミミクリーの実例はどんなものでしょうか。私たちの生活の至るところにそれは見られます。

あるメーカーのエアコンでは、アホウドリやイヌワシが持つ翼の平面を参考に、ファンの形状を設計したといいます。建物の外壁に使われるタイルには、油をはじくための溝があります。これはカタツムリの殻にある溝が元ネタです。それから、新幹線のパンタグラフはフクロウの羽毛。

もっとも有名な例はハニカム構造でしょう。正六角形または正六角柱を隙間なく並べるこの構造。衝撃吸収性に優れ、航空機からサッカーゴールまで幅広く採用されていますが、これはハチの巣の形そのものです。

他にも、晩秋に見られる落ち葉の色とりどりのランダム模様を絨毯のデザインに活かすといったことも、バイオミミクリーの一例と言えるでしょう。具体的な事例は枚挙にいとまがありません。

バイオミミクリーの提唱者は、科学者であり作家でもあるジャニン・ベニュス(Janine Benyus)氏。1997年に『自然と生体に学ぶバイオミミクリー』(オーム社)を上梓しました。

同書でなされたアプローチは、38億年をかけて進化してきた自然の中にある「形」や、自然が生み出される「プロセス」、自然が持つ「生態系そのもの」の仕組み、それらを現代社会での工業製品やプロダクトデザインを作るときに模倣する、というものです。

その考えはやがて研究者の枠を超え、産業デザイナー、工業エンジニア、化学者、建築家、事業開発者、マーケター、政策関係者など、多くの人たちを巻き込んでいきます。まさに、生物から得た技術概念と社会の課題解決の交差点から生まれたバイオミミクリーが、新しい「ソート(考え方)」として社会に受け入れられ、共感を呼び、多くの関係者たちが日々の活動に取り入れることになったのです。

技術概念と解決すべき社会課題の結節点に「ソート」の源泉はある(IISEで作成)

こうしたことからバイオミミクリーは、新しい考え方を提示するソートリーダーシップの一つの事例としてみることができます。

人類の未来はどこからやってくる?


さて、ここからはバイオミミクリーをより立体的に見るために、筆者が注目する2人のアプローチを紹介します。ソートリーダーシップにおいて、ソートを発信する中心人物または中心組織がソートリーダーと呼ばれますが、これから紹介する2人は、バイオミミクリーという概念をより発展的に広めたソートリーダーと呼ぶべき2人でもあります。

1人目はネリ・オックスマン(Neri Oxman)氏

MITメディアラボ教授、建築家、デザイナー。Netflixでも特集されるほど世界的に有名な教授なので、ご存じの方も多いのではないでしょうか。上記リンクは、2015年に「TEDカンファレンス」に登場し、「テクノロジーとバイオロジー(生物学)を融合したデザイン」というテーマで発表した時の映像です。氏が追求するのは、デジタルテクノロジーと自然素材や生物学的構造を掛け合わせた、新しいデザインの可能性。建築物やアート作品など、手掛けるものは多岐にわたります。

美のためのデザインはもう生き残れない。
世界に存在するのは私たちだけじゃない。
未来のデザインは顧客のものではなく、自然のためにあるべき。

(Netflix『アート・オブ・デザイン』ネリ・オックスマン: バイオ建築家より引用)

こうまで言い切る氏の主張には実に迫力があります。氏の言葉の前では、自然との共生が肝要だとか、循環型社会を目指すとか、サーキュラーエコノミーを実現するなどといった「現代的な」キーワードをただ単に並べただけでは、いとも簡単に跳ね返されます。氏は、21世紀に必要なデザインは、デジタルテクノロジーと生物的構造との掛け算によって生み出すことが重要であるという新しい概念を提供し、さらには誰にでも活用できるような枠組みを提示したことにより、多くの共感者を呼んだソートリーダーです。

詳しく知りたい方は、Netflixの秀逸なドキュメンタリー『アート・オブ・デザイン』を観ることをお勧めします。

もう1人は、ステファノ・マンクーゾ(Stefano Mancuso)氏

イタリア・フィレンツェ大学農学部教授。世界中でベストセラーとなった『植物は〈知性〉をもっている 20の感覚で思考する生命システム』(NHK出版)などの著者であり、植物学における世界的な権威の一人です。国際的な学術雑誌に250以上の科学論文を発表している他、著書は27か国語に翻訳されています。

「植物性」(植物の持つ性質、ないし植物から得られるもの)に対する、氏のユニークな考えはたくさんあります。例えば氏は別の著作『植物は〈未来〉を知っている 9つの能力から芽生えるテクノロジー革命』(NHK出版)の中で、「植物ほど地球上で繁栄しているものはない」と主張します。どういうことか。「地球に暮らす全生物の総重量の少なくとも80%は植物が占めている」。「その数値こそ植物がとてつもなくすぐれた能力と知性を持っている証拠」である、と。

こうした視点がさらりと紹介された上で、「一般に植物は、動物が特定の臓器に集中させている機能を体中に分散させている。植物のモットーは、この“分散化”にある」と続きます。植物の特長を“分散化”というキーワードで私たちに投げかけてくる。そこに新しさがあります。

インターネットの普及によって便利になった反面、私たちが新たに直面している社会課題があります。すなわち、「非中央集権ではない、分散されたデータ管理の在り方」とは何か。この解決のヒントを「植物性」に見出そうと試みる姿勢こそ、氏の真骨頂であると筆者は思っています。

「動物が周囲の環境の変化に“運動”によって対応し、変化を避けるのに対して、植物は絶え間なく変化する状況に対し“適応”によって対応する」。だからこそ「人類の未来は、植物のモデルに基づいて作り出す」という氏の考えにたどり着く。

さらに氏は植物の<根>こそ注目に値すると主張します。

「根は非常に効率よく探査を行っている。(中略)地図もなく、方向を決めるための指標もない状況で、未知の環境を探索するには、中央集権的な組織ではうまくいかない。反対に、並列的に行動して探検を行う無数の小さな“エージェント(活動主体)”によって構成された非中央集権的なシステムなら、精巧なロボットを作るより、はるかに効率のよい地中調査を行うことができる」

(『植物は〈未来〉を知っている 9つの能力から芽生えるテクノロジー革命』P167 より引用)

こうした議論を経て、植物の<根>が実際に最先端のロボット開発において研究対象になっているというから驚きです。

バイオミミクリーは、技術者のための技術概念だけにとどまりません。ソート(Thought、考え)の在り方として、学ぶべきところはたくさんあります。

より詳しく、ソートリーダーシップの意義や進め方、プロセスなどに興味をお持ちの方は、以下の記事もお読みいただけると幸いです。

今回はここまで。
また次回。

文:IISEソートリーダーシップHub 鈴木 章太郎

鈴木 章太郎
アスキー、ソフトバンクなど複数の企業にてマーケティング、ブランド戦略、新規事業開発、ソートリーダーシップ戦略の企画責任者を経て現職。

企画・制作・編集:IISEソートリーダーシップHub(藤沢久美、鈴木章太郎、塩谷公規、石垣亜純)

引用・参考文献

『身近にあるバイオミミクリー 月刊「事業構想」2013年4月号』(学校法人先端教育機構)
「バイオミミクリーの提唱者が語る、生物模倣技術の過去・現在・未来」-『月刊「事業構想」2013年4月号』所収(学校法人先端教育機構)
『自然と生体に学ぶ バイオミミクリー』Janine M. Benyus 著、山本 良一 監訳、吉野 美耶子 訳(オーム社)
『アート・オブ・デザイン』(Netflix)
『植物は〈未来〉を知っている―9つの能力から芽生えるテクノロジー革命』ステファノ・マンクーゾ 著、久保 耕司 訳(NHK出版)
『植物は〈知性〉をもっている 20の感覚で思考する生命システム』ステファノ・マンクーゾ 著、アレッサンドラ・ヴィオラ 著、久保 耕司 訳(NHK出版)
『植物考』藤原辰史 著(生きのびるブックス)


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