見出し画像

「マ」の、大きなお尻。

先年Netflixで「マ・レイニーのブラックボトム」として配信されたことで、(ごく一部ではあるけれども)多少知名度の上がったマ・レイニーですが、ベッシー・スミスより彼女こそが、元祖「ブルースの女王」と言える存在でした。

彼女の代表曲に、「Ma Rainey's Black Bottom」(1927年)という曲があります。上記のネットフリックス配信映画のタイトルにもなっていますが、この「ブラック・ボトム」とは、20年代に流行ったダンスの形態です。私はダンスに疎いので、当時、チャールストンの次に流行った、そういう名前のダンスがあったらしい、という程度の認識しかなかったのですが、それで長年疑問に思っていたことがありました。それは、「ブラック・ボトム」と名付けたダンス音楽でありながら、なぜこんなにテンポが遅いのかと。ところが先日、中河伸俊さん著「黒い蛇はどこへ」を読んでいて、今までの疑問が解けました。ボトム(bottom)、とは「お尻」のことなのではないか、という中河氏の説です。なるほど、腑に落ちた、というお話です。

「マ・レイニーのブラックボトム」や、同じく彼女を模して作られたと思われるキャラクターの、「カラー・パープル」(スピルバーグ、1985年)の「シャグ」も、もちろんあの狂乱の20年代とはいえ、なぜあそこまで「お尻」を過剰に振って踊るのか、という疑問があったのですが、これはそもそも、「そういう種類のダンス」なのですね、おそらく。とすれば、また、マ・レイニーの踊る「ブラックボトム」はある種コミカルな比喩表現として捉えることができます。

”I done showed y'all my black bottom”

つまり、体の大きな彼女がその大きなお尻を振って、「これが私流の、ブラック・ボトムさ」と、ある種自虐的に、またある種諧謔的に、歌っているのではないか、との中河氏の見解です。だから曲のテンポもかなり遅い。マ、の楽曲はそれこそ♩=100程度、ですが、実際のブラック・ボトムはその倍くらいのテンポで演奏され、ダンスされる訳ですから。

それにしても、映画でのヴィオラ・デイヴィスの演技は圧巻でした。「マ」の映像は残されていないので、その音楽と数枚の写真から、我々は彼女のキャラクターを想像するしかないのですが、映画を見て多少なりとも彼女の人となりが分かったような気がします。妖艶で、型破りで、ベッシーを育て、ブルースを世に広め、また数多くのオリジナルも作り、アメリカ音楽の礎を築いたマ・レイニーのこの曲は1927年、今から96年前に発表されています。ブルース界では第一人者とはいえ、ベッシーのように全国区の人気までは獲得できなかった彼女は晩年引退し、3つの劇場の女将になったそうです。彼女の肝っ玉かあさんっぷりが、目に浮かぶようです。ほんと、彼女の歌う映像が残されていたらなぁ、と思います。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?