♢ 神様になれなかった天使 【下】



「天使としてすら生きられぬ出来損ないが、あまつさえ人間界で神の真似事など」

身の程を弁えろーー。

神の怒号が響くと同時に辛うじて残っていた本堂の壁が吹き飛ぶ。
隠れ蓑を剥がされ、村人達の視線に晒される。
そこに居たのは、怯え切った情けない偽の神の姿だ。
突然の神の降臨に村人がどよめく中、神が言う。

「聞け人間よ、これは神などではない」

やめろ。

「神の使いとして生まれたにもかかわらず、使い一つできぬ出来損ないだ」

やめろ。

「この天災はこの者の傲慢によってもたらされた」

「やめてくれ!!」

どよめきが消える。
聞こえるのは雨と嵐の吹き荒ぶ音のみ。
どうして、私がこんな目に、、、

「ずっと疎まれていた、天界で私は翼を持って生まれたのに、この翼のせいで!!」

「貴方に使える事すらできなかった、それが天使としてどれだけの屈辱か!」

「下界に落ちて良かった、ここでは私は役立たずじゃあ無い」

「みんなが私を必要としてくれる、ここなら役に立てる!!」

感情のままに、叫んだ。




「役に立つだと?」

黙って聞いていた神が口を開いた。
眉間にシワを寄せ怒鳴る。

「どう役に立った、お前はただ人間に神だと祭り上げられそれにあぐらをかいていただけではないか!!」

「その大きな翼を言い訳にし、一度の失敗で全てを投げ出し逃げ出した!」

神が怒鳴るたびに風が強くなる。
頬に当たる雨が痛い。

「お前は足掻いたか!運命に立ち向かい、努力することをしたか!」

「人間にも出来ることをお前はしてこなかった、それどころか人間を騙しのうのうと生きている!」

「受け取るだけで何も与えていない、それを神とは言わん!」

神社にそびえる大きな杉の木に雷が落ち、村人達の悲鳴が聞こえる。
雷に打たれ裂けた杉の木の半分が離れに向かって倒れた。


何も言い返せず床に這いつくばていると。

「出ていけ!!」

神の声ではない幼い声が聞こえた。
顔を上げると頭に激痛が走り、床に石が転がる。

「お前のせいで母ちゃんは川に流された!!」

石を握りしめた小さい男の子が叫んでいる。
それを皮切りに他の村人達も叫び出す。
嘘つき、偽物、人殺し、石や泥が罵倒と一緒に飛んでくる。

視界が赤くなる、石で何処か切ったのか血が目に入ったようだ。
しばらく黙って全てを聞いていたかんなぎが私のそばで寄ってきて、床に膝をついた。
この子だけはきっと分かってくれる、藁にもすがる思いで腕を伸ばした。

「かん、なぎ、、、」

伸ばした腕をかんなぎは強く握り、そして声を殺すように言った。
ーー信じていたのに。

「え…」

「信じて耐えてきた、母と一緒にいられる時間がなくとも、眠らない貴方につきっきりで過労で倒れ、母が死んだ時も耐えた!」

「貴方は神様で、母と私は神に仕えるという立派なお役目があると!」

かんなぎが声を荒げる、変え難いものを奪われていたこと悟り、憎しみの目で私を睨みつけた。

「なのに今更、神ではなかった?」

なにそれーー。
憎しみで満ちていた瞳から、光が消えていくのが見えた。
いつの間にか、神は姿を消していた。





どうして、どうして分かってくれないんっだ、、、

「私はここで目覚めた時言ったぞお前の母に、お美代に!私は神ではないと!」

「それを聞かずに、私を神だと思い込み祭り上げたのは、お前達じゃあないか!!!」

醜い逆上の言葉が口を突いた。
ーー母の名を口にするな、この偽者。
俯いたかんなぎが声を漏らす。

「私はただ、、、」

あぁ、もういい。
もうなにも言いたくない。
そうか私が間違っていたのか、全部初めから。
天界から落ちたのも、あの子供の母親が流されたのも、お美代の死もその娘の苦しみもーー。
今のかんなぎ、お美代の娘の名すら知らない事に気がついた。

「ふっ、ははは、、、」

受け取るばかりで与えるどころか、奪っていたなんて。


村の男達が私を囲む、彼らが私に向ける目に信仰心は無くなっていた。
私はこの天災を鎮めるための贄になるらしい。
川べりに用意された丸太に、縄で括り付けられた。
私は抵抗しなかった、する気が起きなかった。


ーー真の神よこの者を贄に怒りを沈めたまえ。


天に向かって声を上げるかんなぎの後ろには、雨でぬかるんだ地面に膝をつき手を合わせている村人達の姿があった。
私は、枯れ果てた声でかんなぎに尋ねた。

「訊いて、いなかった、、、お前の名を、、、」

かんなぎは、私の目を真っ直ぐ見つめて言う。
その瞬間、嵐の音は消え去りかんなぎの声だけがはっきり聞こえた気がした。


お前に教える名などないーー。






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