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春の日の出会い。 裏




暖かい風に乗って薄ピンクの花びらが舞う、放課後。
朝には沢山いた生徒たちは疎になり、学園は物悲しそうに
ヒソヒソと音を立てる。



ナスの効果が切れそうな頃、少女は屋上に帰ろうとしていた。
しかし学園はとても広く、まだ日の浅い少女は迷子になっていた。
人のいない校舎で迷うのはまるで、暗い夜道を独りで歩いている時のように心細かった。


トボトボと歩いているときらりと光が目にあたる。
目を細め光の方を見ると、手足のすらっとした青い髪の青年が中庭のベンチに座っている、その手にはキラキラと光る何かがあった。

目を引かれた少女は彼の青年にストン、と腰を下ろした。
どうやら少女はキラキラしたものが好きなようだ。
しばらくして少女に気がつき、青年は音を立てずに驚く。
沈黙がしばらくののち、口を開く。

「お、俺も、この水筒気に入ってて、その、可愛いから…」

(すい、と…?)
「きらきらしてる、の、かわいい」

青年はとても緊張しているようだった。
水筒に夢中になっている少女は、奥の方にもう一つのきらきらを見つけた。
それはどこまでも吸い込まれそうな深い海の色、その青の中に淡いピンクが光っている。

「いや、あの、ごめん…」

青年はバツが悪そうに謝るが、「ごめん」の意味を知らない少女は、青年の青に興味津々だった。
視線を落とした青年は驚き、再び少女に戻した。

「なんで裸足!?血が出てる」

「かわったとき、から、はだしだった」

「変わった時…?保健室行かなかったの?」

「ほけん、しつ…?」

少女が初めて聞く言葉に戸惑っていると、察した青年が「行こう」と道案内をする。




歩く2人の異なる足音が静かな廊下に響く。
少女は辺りをキョロキョロと見渡しながら歩く。
この辺りはまだ探検していない、目新しい景色に夢中になっていると青年との距離が離れていく。
また道が分からなくなると思った少女は、青年が背負っているリュックの紐を掴んだ。



足痛くない?と聞きながら青年は歩くスピードを緩める。
新しい場所で誰かとこんなふうに歩くのは初めてで、少女はとても楽かった。

(いつもの、みんなと、いっしょ)
「うん、たのしい」

会話が成立していないが、どうやら男の子には少女の気持ちが伝わっているようだ。




保健室に着くと青年は少女を椅子に座らせ、不慣れな手つきで傷の手当てをする。
痛くない?と言う問いかけに、少女は小さく頷く。
感情の乏しい少女は、痛みにも疎いらしい。
痛みより初めて入る部屋の、初めて嗅ぐ匂いの方が興味が優った。
それと、足に触れる手が少しくすぐったかった。

消毒が終わり、リュックの中を漁る青年の動きが止まる。
後ろから覗き込むと、手には可愛らしい柄の絆創膏。
少女の目が輝いた。

「それ、はる?」

「…えっと、これでよければ……」

「はる」

少女がそう言うと、青年は傷口に絆創膏を優しく貼った。
今日は初めてのことが沢山で、とても楽しい。
嬉しそうに絆創膏を眺める少女と、見つめる青年。

「名前、なんて言うの?」

突然の質問に驚いた。
名前を聞かれたことがない少女は戸惑った。
しばらく黙っていると「青苺あきの」と青年の方が先に名乗った。

(あお……)

深い海の瞳に、優しく暖かな声の男の子にぴったりな綺麗な名前だと思った。
少女は胸の辺りがぽかぽかと温かくなるのを感じる。
そして、「ネア」と名乗った。

「…初めて笑った」

青年は声を漏らす。

笑うと言うのは、胸の辺りがぽかぽかすることを言うのだろうか。
少女がそんなことを考えていると、保健室ドアが開く音が鳴った。


ドアを開けたのは保健室の先生だった。

「おや、ごめんごめんちょっと職員室に用事があってね。それで、具合でも悪いのかい?」

「あ、いえあの、怪我した子がいたのでその、勝手に使わせてもらいました」

「そうかい、構わないよ。で、その怪我したって子は?」

「え?」

(…え?)

驚き振り向いた青年と目が合わない。
どうやらナスの効果が切れたようで、少女は元の姿に戻っていた。

「まぁいい、君も早く帰りたまえ、暗くなる前に」

促されるままに保健室を後にした。
脱落者は1人になり、迷子だったことを思い出した。


「君は帰らないのかい?」

定位置に座り、マグカップのお湯を啜り一息つくついでに言う。
彼女には脱落者の姿が見えるらしい。
驚いて固まっていると。

「あぁ、君は噂の屋上の子だね?」

「迷子にでもなったのかい?屋上ならここを出てすぐの階段だよ」

驚く素振りもなく、怖がるでもなく彼女は脱落者にそう言った。

怪我したならいつでもおいでーー。

脱落者は一つお辞儀をして屋上へ帰った。




屋上へ出ると、空はピンク色に染っていた。
残っていた最後の生徒たちが帰路に着く背中を眺める。
いつもなら満月の心配をしている所を、今日ばかりは違う思いが脱落者の心を占領していた。



あきの、くん……また、あえるか、な。




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