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春の日の出会い。表




暑い、まだ春だというのにまだ夏の気配を感じる。
桜が花びらを降らせる春の日、放課後なんとなくすぐ帰るのは惜しい気がして、俺は中庭にある桜の木下のベンチに座っていた。
飲み物を飲もうとリュックから水筒を取り出した手に花びらが一枚乗った、見上げると桜が散っている。
花びらを目で追っていると桜より鮮やかなピンク色が目に入った。
隣に女の子が座っていた、鮮やかなピンクの髪の女の子。

いつの間に隣に座っていたんだ。
とゆうかものすごくこちらを見ている、俺を見ていると言うより俺が持っている水筒を見ている、キラキラした目で。
近い、なんて声をかければいい。

「お、俺も、この水筒気に入ってて、その、可愛いから…」

焦って口走った。

「…きらきらしてる、の、かわいい」

彼女の口調は少し辿々しかった。
この学園には不思議な人達は多いるけれど、こんな子いただろうか。
青いスカーフ、同じ三年生だ。
こんな目に鮮やかなピンク色、視界に入らないはずが………
彼女がこちらを見る。
目が合ってどきりとした、しまった見過ぎていた。

「いや、あの、ごめん…」

咄嗟に視線を落とすが、驚いて再び彼女へ視線を戻す。

「なんで裸足⁉︎擦りむけて血も出てる」

「かわったとき、から、はだしだった」

「変わった時…?保健室行かなかったの?」

「ほけん、しつ…?」

保健室の場所を知らないらしい。
と言うより、保健室の言う言葉自体を知らないように見えた。

「…案内する、行こう」

「ん」

彼女は小さく頷いた。






2人で保健室へ向かう、靴音と裸足の音が廊下に響く。
遠くの方で残っている生徒達の声が聞こえる。
気まずい、何か話した方がいいか。
そんなことを考えていると後ろにクンっと引っ張られた、振り向くと彼女がリュックの紐を掴んでいた。
歩くのが早かったか。

「ごめん、足、痛くない?」

「うん、たのしい」

会話が噛み合わない。
表情豊とは言えないが、どことなく楽しそうではある。





「失礼します」

言いながら保健室のドアを引くと、そこには誰も居なかった。
しまった留守か。

「えっと、先生留守みたいだ…椅子、とりあえず椅子に座ってて」

ひとまず彼女を椅子に座らせる。

「消毒とか探すから、待ってて」

彼女はコクリと頷いた。
素直な子だなと思った、しかし素直過ぎて少し心配になる。
誰にでもついて行ってしまいそうだ。

普段保健室にお世話になることがないで、どこに何があるのか全く分からない。
手当たり次第に引き出しを開けて見つけられたのは、コットンと消毒液。

「絆創膏が見つからなくて、とりあえず消毒しよ、足触るよ…」

消毒液をコットンに染み込ませ、患部を消毒した。

「痛くない?」

と訊くと彼女は首を縦に振った。
消毒できたはいいが絆創膏をどうするか、そうだ確かリュックに入っていたような。
リュックを漁って出てきた絆創膏は、小さい子供が喜びそうな可愛らしい柄のものだった。
男がこんな可愛いものを持っていたら引かれるだろうか。

「かわい」

背中から声がした、驚いて振り向くと彼女が覗き込んでいた。

「それ、はる?」

「…えっと、これでよければ……」

「はる」

絆創膏を貼ると、嬉しそうに眺める。
小さな子供みたいだ、あまり喋らないし言葉も辿々しい。
本当に同い年なのだろうか。

「名前、なんて言うの?」

返事がない。

「あ、俺はあきの、青苺あきの、です」

しばらく沈黙が続いてから彼女は一言
「ネア」そう一言つぶやいて微笑む、柔らかな春の日差しのように。

初めて笑ったーー。

彼女がキョトンとした顔をする。
しまった、声に出ていた…
焦ってどう言い繕うか考えていると、後ろからガラガラっと戸を引く音がした。

「おや、ごめんごめんちょっと職員室に用事があってね。それで、具合でも悪いのかい?」

「あ、いえあの、怪我した子がいたのでその、勝手に使わせてもらいました」

「そうかい、構わないよ。で、その怪我したって子は?」

「え?」

振り返ると彼女はいなくなっていた。

「まぁいい、君も早く帰りたまえ。暗くなる前に」

失礼しました。
保健室を後にして、もう一度中庭の方に寄ってみたが彼女の姿はなかった。
突然現れて、突然消えてしまったネアと名乗ったあの子に、また会えるだろうか。



そしてこの胸のざわつきはなんなのだろう。





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