♢ 愛のカタチ





私の目が見えるようになるのと引き換えに、愛する貴方が居なくなってしまうというのなら。
私は、盲目のままでよかった。
そばに居て、触れていてほしかった。

「愛してる」

最後に聞こえた彼の声は、優しく切ない音だった。



私は、彼の顔を見た事がない。
暖かい手も、優しく私の名前を呼ぶ声も知っているけれど、どんな顔をしているのかは分からない。
私が話をしている時、貴方はどんな顔をしているの?


彼はあの時、君の目が見えるようになったら僕のお気に入りの景色を見せてあげるね、そう言った。
私は、貴方と一緒にその景色を見たかったのよ。

どうして――。








それは、切ない恋の話。
盲目の彼女の視力と引き換えに、男が自分の存在を代償に払う。
約束の場所で、彼女は独りその景色を見て涙を流す。
そんなクライマックスだった。

あの本を読んだのは小学生の頃だったからはっきりとは覚えていないけれど、当時の私は男がどうしてそんなことをしたのか理解出来なかった。
目が見えなくても、愛する人が傍に居てくれれば彼女は幸せだっただろうに。


でも今思えば、ずっと目の見えない彼女のそばに居て、男は辛くなってしまったのかもしれない。
愛している気持ちは変わらないけれど、そばに居るのが辛い。

そんな複雑な背景を思いついたはいいものの、相変わらず子供のままの私に、到底理解できる感情ではないと気づいた。

私もいつか、苦しくなるほど誰かを愛する時が来るのだろうか。



放課後、そんなことを考えながら教室を出て階段を降りた。
廊下に出ると、鼻を冷たい空気がツンと刺激した。
テストが近いため、部活は休み。
今日はまっすぐ帰ろう。
下駄箱で靴を履き替え、傘を開いたところで声をかけられた。

「ちょうどいいや、りょう入れてってよ」

後ろを振り向くと幼なじみの朝宮 光が立っていた。

「みや、なに傘ないの?」

「忘れた」

「雪なんだし走ればいいじゃない」

「いや雪だけど霙だろ、ほとんど雨じゃんか」

「冗談よ」

みやとは小学校からの付き合いだ。
親同士が仲良く、家も近い。
何かある度、みやとはいつも顔を合わせていた。

「なぁ、今更だけどさ」

「なに?」

「なんでみやなの?」

「?」

「こうとかじゃなくて、俺の呼び方」

「さぁ?」

沈黙が続く。
そんなこと突然聞かれたって、特に理由なんてない。

「あ、俺ここでいいや。寄りたいとこあったんだ」

「そう」

「じゃ、サンキュー」

そう言って傘から飛び出して言った。



「結局走って行くんじゃない」



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