化物

どうにかこうにか、必死に掴む。私の手を掴む。乗り物酔いみたいな気持ち悪さが何度も私に襲いかかる。いつからか、でも、もう学生の頃から、想像もできない化物を私は自分の中に飼っているのだ。ぐにゃりと歪んだ視界、一瞬の浮遊感、空っぽの胃の中身を無理に吐き出そうとした時みたいな吐き気。不快に揺れる頭の中で何度も思う。生き辛い、なんで私だけこんなに面倒な化物を相手に生きてるんだろう、ここにいちゃいけないんだろうか、私は私を生きていちゃだめなんだろうか。蹲って目を閉じて、ただただやり過ごすことしかできない時間を、これから何度繰り返せば良いんだろうか。
 そんな時に、LINEを開いてもTwitterをスクロールしても誰一人として私を救い出せる人間はいない。一人きりでは立ち向かえない化物相手に簡単に白旗に手を伸ばす。終わりにしよう、もう簡単にやめてしまおう。それでも、まだ、と私の中のどこかで手を掴むのだ。白旗を握る手を、その上から掴む手があるのだ。私が私を諦める言い訳をいくつもいくつも考える。「だって仕方ないじゃんか、これ以上苦しめって言うのか」
そう叫びそうな私を、必死で繋ぎ止める。くだらない誰かの格言なんかじゃ、誰かがSNSに呟いた言葉なんかじゃ救えやしなかった私を何も言わずに必死に引き留める。私が死にたいと蹲った夜に、神様なんて見捨てた夜に、私は、私を何度も救い出した。私を作り上げた沢山の何かが私を救い出した。きっと世界はそんなに悪いところではなくて、私の友人も知り合いも、これまでに出会った沢山の人たちもきっと素晴らしい人で、けれどそんな世界でもうまく生きていけない出来損ないを、そんな人たちの仲間にはなれなかった落ちこぼれを、私を、救えるのは私しかいなかった。いつか、化物を飼い慣らす日がきたらちゃんと感謝できるといい。ベランダから初めて下を覗き込んだ私、近所の建物の屋上に登った私、通学路で立ちすくんだ私、家から包丁を持ち出してリュックに入れた私、歩道橋で踞った私、過去の沢山の私を救い出した私に感謝出来るといい。生きていてよかったな、私たちさ。諦めなくて、手放さなくてよかったよな。間違いじゃないよな。そういって笑い合いたい。あなたが死にたいと踞った夜に、神様なんて見捨てた夜に、あなたを救い出してくれてありがとう、と言い合いたいのだ。

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