結婚指輪を失くした話③

続き

出向した若手のメンタル破壊率ほぼ100%

そんな絶望的な数字を聞いても、こちらに拒否権はなかった。

少し上の先輩たちがこぞって出向を断固拒否して押し通したらしく、それで部長が意地でも今年は出向させる!と固く決意した

という噂を聞いたが本当かどうかは知らない。

でも仮に「ゴネれば出向しなくて済む」状況だったとしても、大人しく出向したと思う。

打率ほぼ100のメンタル破壊神のところに向かうのは、確かに気が重い。

まるで生け贄の気持ちだ。

一方で駆け出しの後期研修医としては、
今の守られた環境でぬくぬく研修を続けるよりも、出向してそこでしかできない経験をした方が絶対にプラスになる
と思った。

(もっとも、それがメンタル壊してまで得る価値があるかというと、そんなことはないと思うけど)

それに、「怖いもの見たさ」のようなものも若干あった。

自分のメンタルに自信があったわけではない。

来る若手のメンタルを絶対破壊する部長
vs
絶対壊れない鋼のメンタルを持つ若手

みたいなホコタテ合戦に挑めるほどの鋼のメンタルは残念ながら持ち合わせていない。

でも、もし相性が奇跡的に抜群に合えば、上手く懐に入り込めたら、一生懸命働いて認めてもらえたら?

もしかしたら…


というかすかな希望は、追加情報によりあっけなく打ち砕かれた。

「あの部長はね、若い女性に特に当たりがキツいの。だから先生は余計大変かも」

はい、終わった。

たまにいる、そして自分は絶対なりたくないタイプ「同性にやけに厳しい女性医師」

そういう感じか。

ちなみに、これの性別逆バージョン「同性にやけに厳しい男性医師」は見たことがない。

「若い女性にやけに甘い中年の男性医師」はたくさんいたけど。
(まったくおじさんっていう生き物は…)

性別や年齢といったステータスは変えようがない。

少なくとも最初はいじめられるのは確定だ。

来たるXデーに備えて私が事前にやったのは、その専門分野の勉強と風呂掃除だった。

2017年に結婚して引っ越して以来ずっとシャワー浴だけだったが、ストレス対策とメンタル保護のために湯船に浸かるようにしよう、と考えた。

湯船に浸かろう、なんてバカバカしい対策に思えるかもしれないが、当時は真剣だった。

そして今振り返ってみると、これはあながち間違いではなかったのかもしれない。

この記事を書きながら、ふと思った。

もし、これがゲームだったら。

メンタルを破壊されずに出向研修修了というゴールまで到達するための攻略のカギは、おそらく次の2つ。

・好感度を爆速で上げることで、なるべく早く敵の攻撃力を下げる

・回復力を上げる

私が事前にやっていたことは、

勉強→好感度が上がる、かもしれない
風呂掃除→回復力アップ

と、この2つの攻略のカギにちゃんとつながるものだったのだ。


前置きが長くなってしまったが、いよいよ実際にどうだったのか書いていこうと思う。

ついに迎えたXデー。

外来で例の部長と初めて対峙した時のことは、よーく覚えている。

大変失礼ながら、第一印象は
「魔女だ!」「メンタル破壊神というより魔女だ」
だった。

小柄で可愛らしい感じだが、「悪い魔女」感があった。

邪悪すぎる事前情報のせいだろうか。

人を見た目で判断してはいけない。

しかし、魔女部長(親しみを込めて以降こう呼ぶことにする)と二言、三言会話を交わしただけで、いかにヤバい人物か思い知ることになるのである。

続く

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