観測者SS③

紅VS鋼

「なるほどなるほど・・・」

 ラボの最上階にある局長室で、観測者の長たる局長。RGB・コーボーはディスプレイを見て頷く。画面の中には先ほど得られた実験結果のデータが映し出されていた。

「やはり、彼女を引き入れて正解だった。あれだけの劇物を野に離しておくのは危険すぎるからな」

 そう言いながら端末を操作すると、つい先日まで二人が戦っていた特別演習室を映し出す。本来ならば無機質で何もない部屋だったのだが、今は全く違う様子が映っている。白い壁は引きはがされたようにめくれており、中にあるコードが無残に引きちぎられて火花を上げている。別の場所では大型の獣によって切り裂かれたかのように亀裂が走り、一部では向こう側の部屋が見えている。
 そこで開発部のメンバーが様々な機材やドローンを使って部屋の修理に勤しんでいる。演算装置も激しいバグを引き起こしており、いつ復旧できるか分からない状態。開発に膨大な予算と時間をかけた部屋がたった数分の戦闘によって破壊されかけるとは誰が予測できただろう。
 ちなみに、修理費を見た総務部の面々が次々と泡を吹いて倒れ、一部のメンバーはショック死して残機を使い、更に仕事を増やしたのは内緒である。

「彼女の限界を図ろうとしたのに、逆にこちらが食われそうになるとはな。いやはや、やはり外文明は面白い」

「失礼するぞ」

 言葉と共に扉が蹴破られ、砕けた木屑が部屋に飛び散る。ドアノブが目の前まで飛んでくるが、彼はそれを難なくキャッチして狼藉者を視界に収める。
 全身を黒に染め上げ、オレンジ色の線が入った服ととある惑星に存在する冥界の神を形どった仮面で顔を隠した少女。執行部期待のホープ、進城だった。

「おやおや、扉を開ける時はノックをしなくては駄目じゃないか、進城局員?」

「ノックならしたじゃねぇか。簡単に壊れるドアが悪い」

「ははは。私はこのドアがお気に入りでね。局長でいる間は帰るつもりはないよ」

「・・・やっぱり、あんたは苦手だわ」

 毒づきながらズカズカと部屋に入り込み、ソファーにどっかりと座る。余りに不遜な態度だが、彼は怒ることもせずに楽しげに見つめていた。

「それでいったい何の用かな?」

「婦長はどこだ。医務室を探しても見つからないんだが」

「ナズナ局員ならば、任務でラボにはいない。今頃は患者を救うために腕を振るってだろう」

「そうか、邪魔したな」

 それだけ聴くと、彼女はもう用は済んだとばかりに立ち上がり、外へ出ようとする。だが、それを止める声があった。

「待ちたまえ、進城局員」

「・・・なんだ。手短に頼むぜ」

「ナズナ局員を殺そうとするのはやめておきたまえ。君では彼女に勝てない」

「・・・なんだと?」

 振り向いた彼女を見て仮面の奥にある顔が歪んでいるのを感じる。一体どうしてそれが分かったのか。

「別に殺すつもりはねぇよ。ただ少し、話をしたいだけだ」

「そうか? 今の君から彼女に対する確かな殺意を感じるのだが。あぁ、自分たちの隊長が瀕死の重傷を負ったからかな?」

「てめぇっ!!」

 触れられたくないことに触れたからか、彼女は怒りの声を上げて武器の高周波ブレードを抜く。武装独特の音が響き、威圧する。彼女の実力ならば一歩で間合いに入り瞬く間に両断することができるだろう。それを分かっていてなお、彼は続ける。

「別に構わないだろう。瀕死であるが再生ポッドに入れているおかげで峠は越えた。あと一週間あれば元気な姿を見せる。それに、最終的に死んでも残機がある。何の問題もないだろう?」

「そんなの関係ねぇ! 俺は聴きてぇのは、どうしてアレをそのままにしておくかってことだ!!」

 彼女の脳裏に先ほど見た映像が甦る。武装のテストのために戦う二人。ついに本気を出したタケに片腕を斬られ、ついに止めを刺そうとした。彼女は本気を出した隊長が負けるわけがないと疑わず、映像を切ろうとする。


 その時だった。彼女の傷口から■■■が溢れだした。


 そこから先はあまりよく覚えていない。覚えているのはボロボロになった部屋に満身創痍で倒れているタケと、すっかり治って無傷な体でふらつきながら立っているナズナ。そして倒れる直前、彼女の口が動く。

『やっと・・・勝てた』

「問題ない。ナズナ局員にはしっかりした首輪をつけている。仮にまた■■■が出てきたとしても、対処は可能だ」

「ふざけんな!誰があんな化け物に対処できる―――」

「進城局員」

 ひゅっと息を吞む音が聞こえる。さっきまで心の奥底からマグマの如く湧き上がっていた殺意が急速に冷めていく。力が抜けてブレードが手から滑り落ち、静かに床へ突き刺さった。
 同時に感じる確かな圧。彼女の身体は初めから抗おうとせずに、地面に膝をついた。

「我々は観測者。どこにも敵対せず、味方せず。ただ、世界で起こったことを観測し、記録し、報告する組織だ。局員同士のいざこざについてはご法度だということを理解していなかったかね?」

 机で手を組み、こちらに視線を向ける局長。彼から発せられる気配は先ほどと明らかに違っていた。
 怒りだ。純粋な怒り。嵐の前の静けさに湖面が揺れているのを思わず幻視する。肉体は当に屈服し、残るは彼女の精神のみ。常人ならすでに死んでいる圧力の中で彼女が意識を保っていられるのは中にいる彼女のおかげか。それとも、意識のみを失わないように彼が調整しているのか。今の彼女は、考えることを放棄しているために判断することはできない。

「それを破るというのであるならば――――」

 こちらも、それ相応の対処を行おう

「分かった! 俺は婦長に対して行動を起こさない!! 何もしない!!」

「よろしい。では、扉の修理代は給料から天引きしておく。いいかね?」

「はい!いくらでもしてください! 失礼しました!!」

 瞬間、彼女の口からするりと屈服の言葉が出た。心から反省しているのを感じたのか、先ほどまでの怒気が霧散して話す局長。そのまま落ちていた武器を収納し、脱兎のごく去っていった。

「ふふふ、進城局員は物分かりがいい。そうは思わないかい、ソラニン局員?」

「あれだけの圧をかければ従順になるますよ。貴方も相変わらずえげつない」

 破壊された扉の影からひょっこりと赤髪の青年が現れる。外務部の部長であり、唯一外文明との交流を持っている人物である。
 彼はそのまま局長に近づくと、柔和な笑みを浮かべながら正面に立つ。

「それで、どうだった?」

「いやぁ、とでも面白いことが分かりました。やはり、この組織に身を置いて正解でした。毎日が刺激的で実に楽しいです」

「面白いこと?」

 あははと笑いながら、懐から小さな書記を取り出して手渡す。局長は首を傾げながらも受け取り、ぺらぺらと読んでいく。その間、ソラニンはニコニコと顔に笑みを浮かべて静かに局長が読み終わるのを待つ。少しして書記を読み終わった彼は包帯の上からでも分かるほど笑みを浮かべてソラニンを見た。

「なるほど・・・これは実に面白い」

「ええ、面白いでしょう? 続きの報告をしたいところですが、その前に」

「ああ、分かっている」

 二人は分かった事実に胸を高鳴らせ、新たなる発見に対して談義をしようとした時、こちらを向いた―――


「ここから先は、あなた達の踏み込んでいい領域ではありません」


「踏み込むのであれば、私たちの世界へ来ると良い」



 私たちは 
 

 例え世界を隔てていても 

 
 あなた達を


 観ています

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