観測者SS①

紅VS鋼

 観測者ラボにある一室。何もない無機質な部屋で二人の女性が向き合っていた。一人は医務課の婦長、ナズナ。もう片方は執行部の隊長、タケ。二人とも軽く肩を動かしたり、準備体操をしたりとこれから起こることに備えて体を温めていた。

「始まるっスね」

「この前はタケさんが僅差で勝ってたし、今日もタケさんが勝つんじゃないかな?」

「分からないよ? ナズナさんはここ最近負けが続いていたから何か対策をしていてもおかしくない」

 部屋の外でモニターを眺める局員たちが思い思いに予測する。連勝続きのタケが勝つか、それともここでナズナが巻き返すのか。見えない予測に心躍らせる。

「では、演習を始めようか」

「了解しました。仮想空間、構築シークエンス開始。量子演算システム、最大稼働」

 局長の声で開発課の面々がシステムを稼働させると、部屋の中に一つの世界が構築されていく。無数の数字が広がっては縮み、建物が、車が、植物が次々と作られていく。それはまさに天地創造、世界の始まりと終わりと現しているかのようだった。
 ここはラボの中に作られた特別演習室。量子システムによって疑似空間を構築し、一つの世界を作り出す場所。本来であれば破棄された地域や荒廃した惑星で行われるのだが、移動コスト削減や戦場の自由度を上げるために開発課が技術の粋を集めて作り出した。これによって戦略がかなり変わり、局員たちの練度も上昇してきている。
 やがて構築が終わった時、二人は夜の暗闇と人々の明かりが支配する都市へ足を付けていた。

『では、五分後に演習を開始します。両者、ともに準備を』

「よろしくお願います。悪いですね。性能試験に付き合ってもらって」

「構わないよ? 俺も使わないけど、興味はあったしね」

 口調こそ穏やかだが、すでに二人の眼はお互いをしっかり捉えている。火花が散り、いつでも戦えるよう臨戦態勢となっていた。

「にしても、医務課が治すべき人を傷つけるなんて聴いたことがないな」

「痛みというのは人を成長させます。それに怪我をしても問題ありません。私がしっかりと治療しますから」

「治療という名の改造じゃないの? 俺はまだ人を止めたくないんだけど」

「戦闘能力ならとっくに超えているじゃないですか。もう十分人じゃありません」

 軽口を叩き合いながら獲物を取り出す。タケはガンブレードを、ナズナはハンマーを。
 このハンマーが今回、二人が対決する要因となった原因。婦長が製造した暴徒鎮圧向けハンマー。兵器製造に疎い彼女が開発課から出た廃材を材料にしたもので、対人戦闘における性能試験を行いたいためにタケに演習を依頼した。彼女も部下が使うことから快諾。こうして相まみえることになったのである。

「どうだい、カルトン局員。ナズナ局員の武器は」

「廃材で造ったから粗削りが目立つね。それにスマートじゃない。機能美としては0点だよ」

 カロリー摂取のための飴を舐めながらせわしなく指を動かしているカルトンが吐き捨てるようにして言う。観測者で備品を多く生み出してきた彼女からしたら稚拙もいいところだろう。技術屋として機嫌が悪くなるのも仕方がないことだ。

「だけど、硬度だけなら合格点だね。あれなら十分戦闘用として役立つかな」

「固さもそうだけど、重量もすごいよ? 一回持たせてもらったけど、すっごく重くて持ち上がらなかったもん」

 カルトンの評価にわかさぎが反応する。以前に医務室に行った際に興味がわいて持たせてもらったのだが、あまりの重さに持ち上げることもできずに倒してしまった。アワアワしていると婦長か近付いてきてひょいっと持ち上げて元に戻したのだ。

「本人曰く、壊れないようにしっかり造ったらしい。具体的なスペックは私も知らないけど」

「じゃあ、今回が初お目見えというわけッスね。どんな戦いになるのか楽しみッス」

「お、そろそろ五分経つよ~。皆、モニターに注目~」

 カルミアがモニターを操作すると二人の姿が映る。変わらずに大通りでいつでも始めれるように獲物を構えて、開始の時を待つ。
 そして、戦いのゴングが鳴った。

『では、演習開始!!』

「「っ!!」」

 その言葉が放たれた瞬間、二人の獲物はぶつかり合う。生まれた衝撃波で舗装路が抉れ、木々が、車両が吹き飛ぶ。絶大な質量と膂力のぶつかり合い。静けさを含んでいた都市の真ん中が一瞬で崩れ去った。

「おっも!? 流石の俺も吹き飛びそうだよ!」

「そうですか・・・!! なら、そのまま飛んで行ってください!!」

「おっと!?」

 ズンっと更に足が地面にめり込み、そのまま力任せに振り上げる。あまりの質量にタケは耐えきれずに空へと打ち上げられた。その隙を見逃さないように、ナズナは付近に転がっている物を手で持って投げつける。雨の如く投げつけられる瓦礫や車を冷静に見つめ、抜群の身体能力で体勢を立て直した。

「ほっと! よっ! っは!」

 次々と投げつけられるモノを斬ったり、踏み台にしたり、避けたりして肉薄していく。余裕そうな顔を見て、ナズナは更に投げる量を増やしていく。その攻撃を見てタケはがっかりした。

「つまらないなぁ。その戦法なら見飽きたっ・・・!?」

 ガンブレードを撃とうとした時、突如として横から強烈な衝撃が加わる。痛みで体が硬直したタケは、そのままビル街の中に突っ込む。いくつものビルを薙ぎ倒しながらもようやく止まり、震えながら立ち上がる。

「っくぅ・・・油断したぁ・・・!!」

 痛む腹部を抑えながら頭を振って視野をはっきりさせる。すぐ近くには彼女に不意打ちを与えたハンマーが鈍い光を発して突き刺さっていた。それは、今まで負け続けてきた彼女の勝利を祝っているようだった。

「まったく、これじゃ皆に顔向けできないなぁ」

 視界を持ち上げれば、遥か遠くでナズナが手をこちらに向けるのが見える。ハンマーが土煙を上げ、崩れていない壁や瓦礫をぶち抜きながら彼女の手元に戻っていった。

「攻撃を捌いている間に投げて不意打ちを狙うか。どうやら、今までの戦法とは違うようだ」

 ニヤリと、口元を歪めて敵を見据える。久し振りに体が熱くなるのを感じる。この感じは行方をくらませた彼女と戦って以来だろうか。

「楽しませてくれよぉ!!」

 ドンっと一歩で間合いを詰めていき、ブレードを振るう。彼女もハンマーを持ち直し、飛び込んでいく。
 演習はまだ始まったばかりだ。

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