観測者SS④ 『笑顔の少女』

 ガタンガタンと、暗い夜道を黒鉄の塊が走ってゆく。当の昔に廃止された蒸気機関を搭載したSLが石炭を燃やし、水を蒸発させて力強い音を立てながら疾走する。闇夜を切り裂くように汽笛を上げながら走る姿は、コアなファンが見たら垂涎ものだろう。
「ん・・・?」
 そのSLが曳いている客室の一室で、彼女は目を覚ました。起きたばっかでぼーっとする思考だったが、自分の置かれている状況をゆっくりと理解しだす。
「ここは・・・汽車の中かな?」
 視界を動かせば、昔ながらの木で造られた車内が目に入る。椅子も同じような素材でできているらしく、ほのかな温かみが感じられた。
「乗った覚えなんてないし・・・これが噂の明晰夢ってやつか~」
 考えた結果、この光景が自身の生み出した夢であると判断する少女。そう思うのは何ら不思議ではない。いきなり自分が先ほどまでいた場所から別の場所に移動すれば誰だって行きつく答えだ。夢というのは脳が起こす記憶の整理。過去に起こった場面を見たりすることができ、基本的に三人称視点であるため、自分は動くことはできない。動けたとしても、自分の意思で動くことはできず、流されるままに夢を見る。
 だが、明晰夢は自分の意識をはっきりと保ったまま動くことができる状態だ。空を飛ぶことができるし、世界を旅することができる。つまり好き勝手出来ることだが、明晰夢を見ることは滅多にない。
「それにしても、外が真っ暗で何も見えないな~。ずっとトンネルの中を走っているみたい」
 ふと外を見れば、そこに広がっているのか一面暗黒の世界。トンネルの中を走っているのかと思ったが、気圧の変化による耳の痛みを感じない。窓を開けてみようとするが、どうやら固定されているらしく、開けることは叶わなかった。
「ぶ~・・・つまらないな~」
 違う車両に行こうとするが扉は開かず、移動することもできない。たった一両の客車の中。そこが今彼女が動ける世界のすべてだった。
 せっかくの明晰夢だというのに違う場所へ行けない。景色を変えれるならば飽きはしないだろうが、彼女がどうやっても外は変わらずに暗闇のまま。これではあの時のような景色と変わらな―――
「ん、あの時・・・?」
 あの時とはなんだ?どうして自分はそのようなことを?
 少女が不審に思った時、今まで開かなかった扉が開いた。そこから姿を現したのは、彼女が嫌でも見た姿だった。
「・・・・・・」
「え・・・」
 視線の先には、ズダボロの服を着た子供。いや、それを服と呼ぶには烏滸がましいほど汚れており、布切れを無理やり結んでポンチョのようにしている。体は汚れており、何日も風呂に入っていないのか離れていても鼻の曲がるような体臭が臭ってきていた。元は綺麗だったであろう髪は、元の色が分からないほど汚れており、伸びっぱなしで顔が隠れてしまい、誰なのか判別できない。
 まるで■■にいたころに見た子供のような姿だった。
「・・・・・・」
 子供はふらふらと拙い歩きでこちらへ向かってくる。一歩一歩近づいてくる度に、少女の頭が警鐘を鳴らす。彼女を近づかせるな。もし、目の前まで来られれば思い出したくないことを思い出してしまう、と。
「こ、来ないで!」
 恐怖に駆られて後退りながら警告するが、子供は変わらずにゆっくりと近づいて来る。その姿は獲物を追い詰める獣のようで、一瞬髪の隙間から出た瞳の視線が少女を捉えた。
「――――っ!!」
 動けない。あるはずのない縄で縛られたかのように体が硬直する。口を動かすことができず、できるのは思考を巡らすことだけ。必死に現状を打破しようとするが、それも空しく終わり、ついに目の前まで来た。
「・・・なんで、そこにいるの?」
 恐怖で口も動かせない中、子供が言葉を紡ぐ。声色は非難一色に染まっており、相当な恨みを抱えているのが目に見える。
 いや違う。これは恨みではない。では、子供が抱えている感情は何だ?
「・・・どうせ裏切るのに、どうしてそこまで肩入れするの?」
 隙間から見えたどろりと濁った瞳を見た時、少女の思考は停止した。彼女は、その瞳に見覚えがある。この世の底を見て、誰も信用できず、自分のために他人を利用し、不要と判断すれば真っ先に裏切る意思を宿した瞳。
 そう、その瞳はまるで――――まるで――――
「ああ・・・ああ・・・!!」
 少女の考えを読み取ったかのように子供は伸び放題になった前髪を上げる。露わになった顔に少女の思考は凍り付くと同時に思い出してしまう。■■にいたあの頃を。ゴミ溜りの中で毎日のように人攫いや奴隷商人。狂人に怯えながら生きていたあの頃を。
「・・・お前が幸せになるなんて、許さない。何故ならお前に―――」

 幸福なんて訪れないのだから。

「ああぁあああああああああああ!!!!」
 かつての自分に断言されて、わかさぎの慟哭が響き渡る。恐怖に、絶望に、悲劇に、憎悪に染まった声はやがて彼女を塗りつぶして

 彼女は、意識を失った。

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