観測者SS②
紅VS鋼
戦いは激しさを増す。
次々と繰り広げられる攻防。桜花が切り裂かんとし、ハンマーが相手を打ち砕かんと振るわれる。その度に大気は震えて衝撃波が生まれ、ビルが、道路が、家が、街はあっという間に廃墟と化していく。
「ふむ、今のところはナズナ局員が優勢といったところか」
「質量が味方をしていますね。流石のタケさんでもあれだけの質量を相手にするのは分が悪いといったところでしょう」
二人の攻防を冷静に判断する局長とカルトン。二人が話している後ろでは見学に来た幾人もの局員たちがワイワイと騒ぎながら見学していた。
「やっぱあの二人の戦いは面白いな~。見ていて飽きないや」
「うわっ、ビルを達磨落としみたいにハンマーで崩したよあの人・・・」
「異空間でよかったね~。これが本当の街中だったら・・・」
「ごふぅっ!!」
「あぁ! リシュオルさんがストレスのあまり血を吐いて倒れた!!」
「この人でなし!!」
様式美のように倒れたリシュオルを幾人かで医務室に運んでいくのを見ながら、残ったアッシュはモニターを見つめる。二人は相変わらず戦い、少しずつ傷つきながらもお互いのスペックを最大限生かした戦闘力を見せつけている。
「ナズナ先輩・・・」
彼女は不安な顔をする。今のところはナズナが押しているが、時期に盛り返されていくだろう。
そもそも、二人は戦闘スタイルが違いすぎる。お互いに近接武器を使うことは共通しているが、普段相手にしているものが違う。タケは執行部であり、護衛のために人を相手にすることが多い。ナズナは医務課であり、救助活動のために怪物を相手にすることが多い。
つまり、対人戦闘においての経験値は圧倒的にタケの方がアドバンテージがあるのだ。加えて技術も彼女の方が上。なのにナズナは食らいついている。何度も戦ってきたことによって得られた対抗戦術を組んだのか、彼女は未だにやられていないのだ。
「気になるかね、アッシュ局員?」
「局長・・・」
「確かに、そのうちタケ局員が巻き返して追い詰めていくだろう」
見えているのか見えてないのか分からない視線をモニターに向けながら話す。彼にも結果が見えているだろうか。だが、その声は愉悦に染まっていた。
「だが、結果というものは実際に見てみるまでは最後の最後まで分からないものだ」
「でも、ナズナ先輩は―――」
「彼女を甘く見てはいけないよ、アッシュ局員」
「っ!!!」
その声にアッシュは反射的に桜花を抜こうとしたが、その手をそっと抑えられる。
「駄目じゃないか。こんなところで武器を抜いてしまっては」
「あ・・・あぅ・・・」
自身の上司に牙を剥こうとしたのに、変わらず優しい口調の局長に思考が揺れる。身体を冷たいモノが這いまわり、がっちりと絡めとられて動けなくなる。包帯に包まれた顔がこちらを見つめている。これは毒だ。体に染みこむ様にして絡めとられ、いつの間にか命を落とす蛇の毒。
冷や汗が噴き出る。足が震える。思考ができない。自分はこれからどうなってしまうのか。
「確かに、単純な戦闘力においてはタケ局員が上回っている。だが、本気の状態ではなくても彼女は食らいついている」
手を放し、再びモニターに目を向ける局長。腰の抜けたアッシュはガタガタと震えながら彼を見る。
「それに、彼女はただのアンドロイドではない。未だに技術形態がはっきりしていない外文明によって造られた存在だ。この程度で終わるわけないだろう?」
その頃、彼女たちは――――
「そらそらぁ!!!」
「っ!」
嵐と見間違えるほどの繰り出される斬撃。それをハンマーや格闘術で受け流しながら後退し、メスを投擲する。眉間、目、喉、心臓、水月とそれぞれ人体の急所を捉えて放たれるが、一振りの剣圧によって全て弾かれる。だが、足を止めた一瞬で間合いから離れることに成功。体勢を立て直した。
「腕を上げたねぇ・・・前よりも動きが良くなっているのを感じるよ。高密度の鋼鉄ならではの質量攻撃は確かに破壊力は抜群だ」
「・・・・・・」
「だからこそ遅くなっている。いくら技術でカバーしようが、重量は誤魔化すことはできない」
剣をだらりと下ろし、自然体になるタケ。そのまま今まで片手で握っていた桜花を両手で握った。
「がっ!!?」
瞬間、背筋に悪寒が走った。考えるよりも先に手が動き、ハンマーを持ち上げようとするが、間に合わずに吹き飛ばされた。
「でも、そのハンマーは厄介だからね。ここからは全力で行かせてもらうか」
体勢を立て直そうとするが、その前に腹部への蹴りが入って空高く打ち上げられた。視界が明滅する中、下から赤い影が猛烈な勢いで迫ってきているのが見える。
「イヤァアアアアアアア!!」
空中で体を捻り、回転を加えていく。その勢いは増していき、刃が空気を裂く嫌な音が響き渡る。このままいけば、いくら■■でできた彼女の体とはいえ大破するのは目に見えていた。
迎撃しようとするが、先ほどの一撃で片腕を斬り飛ばされたせいでハンマーを失っている。今の彼女にできるのは、致命傷を避けることのみ。
「・・・・!!」
剣が胴体に当たる寸前、刃に沿うようにして身体を回転させる。特殊な繊維で造られたラボコートとスーツが切り裂かれる。それだけでは間に合わず、皮膚が切り裂かれて血液が噴き出た。
「甘いよぉ!!!」
声と共に回転によって威力の増した蹴りが損傷した体へ突き刺さり、地面に向けて叩き付けらた。全身に衝撃が走り、いくつもの機構が破損する。
(流石ですね・・・タケさん・・・)
ノイズ交じりの視界で桜花を構えて落下してくるタケを見ながら思考する。義体はほとんど動かせない。頼みのハンマーは腕と一緒に飛んで行った。
まさに打つ手なし。詰みの一手。
(・・・質量で攻める作戦は良かったと思うんですけどねぇ。地力の差が大きすぎましたか)
無常に迫ってくる刃をぼうっと眺める。実施試験はほぼ終わり。データはとれた。もう十分だ。だけども・・・
(また負けるのは、悔しい―――)
そこで彼女の意識は、途切れた。
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