観測者ログ番外編 部長として

 カタカタカタ・・・・ 

 観測者のとある部屋で無機質にタイピングの音が鳴り続く。一人はおでこに冷えピタシートを貼りながら手を動かし、一人は常にエナドリを補給しながら判子を押し、一人は虚ろな目で天井を見ながら独り言を呟いている。  ここは総務部。観測者の心臓部であり、現場に出ていないのに何故か残機使用率が高い場所である。その死因が大抵過労死という過酷な戦場。事件は現場で起こっているんじゃない。会議室で起こっているんだ!!

「この書類はよし。こっちの書類は添削しないとだめだな」

 そんな死屍累々の中、部長のデスクで大量の書類を処理する少年、リュシオル。彼も疲労が溜まっているのか目の下に隈ができており、自分に与えられた権利がどれほど激務であるか実感していた。

「なんだこの書類は!? 抜けているところがいっぱいあるじゃないか!!」 

 頭を抱えながら声を荒げて蹲る。その振動で机に乗っていたエナドリ缶が転げ落ちる。その姿を見て、いち早く仕事を終わらせて他の局員の手伝いをしているユーヌが声をかけた。

「部長、落ち着いてください」

「これが落ち着いていられますか! ほぼ白紙だよ白紙! あれだけ念入りに言ったのに白紙なんて・・・!!」

「まぁまぁ、こちらに回してください。その書類は私の式神が申請者に突き返しておきますから」

「お願いします・・・」

 彼から書類を受け取った彼女は軽く丸めて式神の猫に根追わせると、ニャァと鳴きながら部屋から出ていった。他にも穴の空いた書類があったのか、何匹もの猫が行き来しているのが見える。そのおかげで積み上がっていた書類の山が少し減っていた。 その間にも彼女の周りに浮かんだ大量のディスプレイが高速で処理を行い、いくつものデータを処理していく。その姿を見ながら彼は息を吐くと、席を立つ。

「部長?」

「ちょっと、休憩してきます。すぐに戻りますよ」

「わかりました」

 動かなくなった局員たちを横目で見ながら部屋を出ていき、休憩スペースへと足を進めるリュシオル。その途中で青と白の影が流星のごとく走っていき、総務部から悲鳴が聞こえたりしたが、きっと気のせいだろう。ウン、キットソウダ。

「あ」

「おや、リュシオルさん」

 休憩スペースに入ると、休んでいるリルがいた。彼女は一身上の都合によって総務部の部長の座を退き、彼へ席を明け渡した人物。今も総務部に所属しているが、半ば休職状態になっていた。

「お隣、いいですか」

「ええ、いいですよ」

 ジュースを片手に彼女の隣へ腰を下ろす。そのまましばらく窓から見える宇宙空間を眺めていると、ぽつんと彼女の口が開いた。

「どうですか? 部長としての一日は」

「いつもより激務でしたよ。本当にすごいですね。今まであれだけのことを引き受けていたなんて」

 彼女から役員の座を渡されていから彼の激しい一日が始まった。役員としての仕事と総務部としての仕事。以前よりも圧倒的にハードワークとなり、以前よりも医務課にお世話になることが増えた。だが、最近は少しずつコツを覚えてこなせるようになってきている。

 仕事の苦難にぶち当たる度に思う。彼女は、その小さな体でこれほどの重圧を受けていたのかと。それを自覚すると同時に彼女の凄さを再認識していた。

「局長たちから聞いていますよ。どうやらうまくやっているようで安心しました」

「いえ、私はただ自分にできることを精一杯やっているだけです。他の役員の人たちからのサポートもあるおかげです」

「ですが、よくやってくれてます。やはり、貴方に役目を譲って正解でした」

 安心した声でコーヒーを口に流し込み、席を立つと彼の方を振り向いて真剣な顔で話し始める。

「以前にも言いましたが、これからきっと貴方に苦難の壁がいくつも立ちはだかるでしょう。役員として非情な判断をしない時が来るかもしれません」

「はい」

「きっと挫けそうな時が来るでしょう。その時は総務部の仲間を、他の役員を遠慮なく頼りなさい。きっと貴方の力になってくれます」

 その言葉に交代したばかりの記憶が蘇る。部長としての役目がわからない時に助けてくれた総務部の仲間たち。役員として判断を下す際に助けてくれた役員の人たち。仕事がよくわからずに遅くまで残っている時にこっそりと差し入れを入れてくれた局員たち。

「そして、どうしても駄目になった時は私を頼りなさい」

「え、でもリルさんはーーー」

「役員を退いたとはいえ、私はまだ観測者の一員ですよ? あなた達が入るよりも前にいたおかげで色々と融通が効きますから」

 いつの間にか滅多に見ない優しい表情になった彼女の顔を見て、彼の頬を温かいものが伝っていく。

「うぅ・・・!部長ぉおお・・・!」

「今の部長は貴方ですよ、まったく」

 そう言いながらも彼女はハンカチで彼の涙を拭き取る。そうしているうちに落ち着いたのか、彼は恥ずかしそうにしながらも彼女の方を向く。

「ありがとうございます。その時になったら存分に頼りにさせてもらいますね」

「ええ、その時はよろしくおねがいします」

「では、私は部屋に戻りますね。そろそろ休憩が終わりますから」

 彼女にお礼を言って休憩室から出ていくリュシオル。その後姿を、彼女はどこか懐かしそうな目で見送っていった。

「戻りました」

「お帰りさない、部長」

 先ほどと変わらずに処理を行いながらユーヌが迎える。他にも先程まで虚ろな目をしていた局員やエナドリを飲んでいた局員がいなくなっているのが気になるが、気にしないほうがいいだろう。きっと彼らは犠牲になったのだろう。犠牲になったのだ・・・犠牲の犠牲にな・・・

「なにかいいことでもありましたか? 顔がさっきよりも良くなっていますが」

「ええ、ちょっとだけ」

 先程のリルの顔を思い出して決意を新たに固める。これから自分が総務部を引っ張っていくんだと。役員として役目をこなしう、あの人を安心させてあげるんだと。

「まぁ、それはそれとして・・・」

 席について書類を手に取り、彼は叫んだ。

「この書類を作ったのは誰だぁああああああああ!!!!!」

 頑張れリュシオル!負けるなリュシオル!部長として、役員としての道のりはこれからだ!!

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