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身体障碍者手帳の相談をした

先日、整形外科に行った。身体障碍者手帳を取得するには、行政の指定医である必要があるそうで、役所に電話して確認した。その後、病院にも確認の電話を入れた。

結論から言うと、私の手は他に症例がなく、私が自己診断したリウマチという診断は下せないし、身体障碍者手帳の審査基準には当てはまらないとのことだった。

身体障碍者手帳の審査基準

先生によれば、身体障碍者手帳というのは、そもそも傷病軍人向けに作られた制度で、明らかに欠損しているとか、こわばって完全に動かないといった状態じゃないと通常は発行できないのだそう。

また、身体障碍者手帳の審査基準は、どれだけ痛みがあるか、というのは換算に入らない。例えば、24時間死ぬほど痛くても、手が動くのであれば、当てはまらないのだと先生は言った。

また、私の年齢(29歳)という若さも問題だという。
日本の医療制度は年配者向けだから、と先生は悲しそうに言った。

変形している

私が、手が変形しているのを、両手をあげて見せると、先生の後ろに立っていた看護師は大きくうなずいていた。確かにこれは変形なのだ。

しかし、先生いわく、リウマチであれば、どうして全然腫れずに10年保っているのか分からないそうだ。私は、自然療法を色々してきて、自然療法にお金をかけてきたからだと思うと伝えたら、先生は、それでは証拠がないと言った。今思えば、確かに腫れていた時期もあったが、かなり前で、写真は残っていない。

また、手の筋の動きが良すぎるそうだ。ふつうの動きは一通りできるからだ。身体障碍者手帳を取得したいのであれば、完全に固まって動かせないのが望ましいという。私の知人で、動かせるが手帳を取得している人がいるが、彼の場合は、生まれつきだったからかもしれない。

自然療法と私

私は10代の頃、あらゆる体調不良になって、様々な病院に通っていた。皮膚科、耳鼻科、整形外科など、どこに行っても原因不明だと言われ、改善しなかった。結果的には、スピリチュアルのような自然療法を10年続けてきた。足湯や半身浴をベースにしたものだ。その界隈では、病院で改善しなかった体調不良について、一緒に話せる誰かがいつもいたし、日々、自分のために何かしらできることがあった。習慣ができることで、気がまぎれもした。

結果的に、色んな体調不良が良くなったが、それは10年試行錯誤したことで、胃腸が弱いから飲み会には基本行けないとか、体が弱くて人付き合いができない、生活で出来ないことは省くなど、色々な諦めがついたからこその体調改善だ。20歳前後で「ふつうに」幸せに生きたかった自分では、捨てきれないことばかりだ。

指、手のひらや足が痛いから、化粧も、子育ても、ペットも飼えないだろうとか、もし家族ができたって、家事が増えたら痛くて出来ないから、たぶん結婚は無理だろう。
そういうことを、少しずつ、たまに戻りつつ諦め、おままごとのように簡易な生活にしてきたからこそ、細々と出社できているのだ。今は。

生活の困りごと

私は、実際に痛いし、今住んでいる場所もトイレ・台所等は清掃スタッフがいるから生活できているし、料理も最低限、手数を減らしたものしかできず、生活の動作をどんどん省いているから、何とか生活できている。

また、事情があって親きょうだいとは法的に縁が切れていて、頼れない。

これに加えて足も変形しているから、別の病院で勧められた、医療用の高価なスニーカーしか履けず、職業の選択の幅も狭まっている。
靴下も、限られたものを取り寄せて購入しており、費用がかかっている。
足が辛くて、外出が億劫に感じることもある。

以前、市役所の窓口で、何か補助が下りないのか聞いたら、これは障害福祉課が担当だが、まず診断書が必要だと聞いた。先生は、私の場合は症例がなく、何もできないと言う。

私が「ということは、何か治療してもらえるとしたら、痛み止めがもらえる、といったことでしょうか」と聞いたら、先生は何も答えなかった。

次にできること

「私が利用できる福祉の制度などは、何か、お聞き及びではないでしょうか」と正直に話した。

先生「何も力になってあげられることがなくて、本当に残念だし、申し訳ありませんが、市区町村の役所に行って、民生委員に相談してみるのはどうでしょうか」と言った。

私はこの日泣きながら帰宅し、安売りピザとポテチと、発達障害の薬でアルコールが飲めないので、ノンアルコールビールを買ってきて、映画を観ながら食べて、そのままベッドによじ登って寝た。またこの夜は、友人に、いくつか遺体が出てきてもおかしくない出来事があって、その連絡がある可能性も覚悟していた。


周囲の反応

数日経って、カナダの友達に病院での話をしたら、「時代遅れなんだね」と驚いていた。そうだね、と返事をしたが、彼の反応で、少し気持ちが復活した。

また、職場の年配のスタッフに、この話を軽く伝えたら、やはり、「民生委員に相談してみるのはどうでしょうか?」と言われた。

私は民生委員という言葉が身近ではなかったが、それは地元にいた頃、家の事情を知られては大変なことになるから、制度に頼らないという親の方針があったからだと思う。親が患っている精神病について、田舎の偏見で攻撃されたら大変だ、という考えだったから。周囲に、表向き「隠す」こともあって、だいぶ閉鎖的な状態になってしまい、家族関係の悪化を引き起こし、私が法的に遮断するに至ったのだけれども。


診断が下りず、診断書がないことで、だいぶ弱気になっている。痛みなんて嘘だろうとか、痛くても生活できてるとか、意地悪を言われたら、差し出せる法的根拠がない。

明日の昼休み、民生委員の窓口に電話をかけてみる。そして、予約が取れたら、そのまま会社のシフト変更を提出して、後日、相談に行こう。

民生委員とは

民生委員とは、何となくのイメージしかなかったので検索してみた。
政府広報オンラインには、
「地域福祉をサポートする身近な相談相手」
と書いてある。非常勤の地方公務員で、しかも無報酬らしい。

厚生労働省のホームページには、道路で旗を持って、立哨当番をしている年配男性の写真が載っていた。反射板のついたベストを着ている。

私が毎朝すれ違い、挨拶しても無視され、もうこちらからも挨拶しなくなった、あの立哨当番のおじいさんが、民生委員なのか。悪い予感しかしない。あの人に当たらないでほしい。
小学生と、既婚者っぽい大人達には大きい声であいさつする、あのおじいさんが、民生委員なのか。

朝、すれ違う全員に挨拶するのでは自分が消耗してしまうから、自治体に加入していそうな人達を選ぶのだろうというのは、分かる。だから、まあ仕方がない。

自治体に加入していない

私も自治体に加入するか、という手紙が、市区町村から届いた。私の住んでいるシェアハウスは謎が多い。入居したときの説明はしっかりしていたし、むしろすごく親切だったし、お金についての規約も明瞭だが、契約書に一点、引っかかるところがあった。

転入届のため役所へ行ったとき、やはり不明点が発生した。私が自治体に加入するのは、どういう意味を持つんだろうか。この一帯は、皆、自治体に加入しているのだろうか?

民生委員に相談するときも、自治体に加入していない旨を伝えるつもりだ。今慌てて加入するつもりはない。あまり、地域の事情を掘り下げたくないからだ。私は自治体に加入しないまま、民生委員と、どのような関りを持っていくのだろうか。

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